夏の忘れ物  第十話 −一歩−


「同級生の運転する車に初めて乗る時って、なんか落ち着かないね。」
真行寺の入院している病院へと高速を走る車の中で、葉山はつぶやいた。
「ほら、相手に対して持ってるイメージが高校生のままでしょ?」
「そんなに怖い運転してるか?」
「あ、そうじゃなくて、気恥ずかしいって言うかなんて言うか・・・」
あわてる葉山。
「言いたいことは分かるけどね。」
くすっと笑いがもれる。

「三洲君とか、赤池君なら安心して乗れそうなんだけどね。利久の車なんかちょっと度胸いるかも。」
「あぶなっかしそうだしな。俺は葉山の運転する車も勇気がいるとおもうね。」
目線は動かさず意地悪くそう言ってやる。
「赤池君にも去年同じ事言われたよ・・・草野先輩にも昔言われたね。アクセルとブレーキ間違えそうだって。」
これでも一応、普通に教習所卒業したのに。
ぶつぶつと愚痴を言う。

「それじゃ、次のパーキングで運転変わろうか?」
「いや・・・怖いからやめておくよ。」
予想通りの答えを即答されて笑い出してしまった。
「免許取ってから殆ど運転してないんだから。」
「完全にペーパードライバーじゃないか。それ。」
免許を取っても殆ど運転しないだろうと言う俺の予想は当たってたわけだ。
「そ、ゴールド確定だよ?」
冗談で言ったのは分かっているけど、本気でそう思っていそうな葉山に
おかしくて笑ってしまった。


『病院、俺も行くよ。』

朝食に最中に呟いた俺に、葉山はうれしそうに「うん」と答えた。

少しだけ・・・信じても良いと思ったから。



「あの・・・みすさん?」
二人きりになった病室。気まずい静けさのなか口を開く。
葉山サンは飲み物を買いに行くと部屋を出ていった。

いつも一人で来る葉山サンは、今日はみすさんと一緒だった。
最初の日に見て以来、姿を見せなかった彼は、あまり話をしなかった。
俺と葉山サンが話してる横で、ただじっと俺を見つめていた・・・・


「なに?」
感情の読みとれない表情でみすさんは聞きかえす。
「みすって・・・どういう漢字書くんっすか?」
「・・・突然だな。」
すこし驚いた顔。そしてすぐに難しい顔になる。
「や、あんまり聞かない名字だから・・・どんな字書くんだろうって・・・」
「葉山にでも聞けばよかったのに。何度も来てたんだから。」
「漢字くらいは思い出そうかなと頑張ったんすけど結局だめでした。」

すぐに思いついたのは英語の「Mis」。そして平安時代とかの絵によく描かれてる御簾。
どっちも名前らしくなかった。

「葉山サンに聞こうとも思ったんですけど・・・ちゃんと本人に聞いた方が良いかなと思って。」

・・・・やっぱり、葉山サンに聞いた方がよかっただろうか。


「・・・・漢数字の三に川の中洲の洲。さんずいのついてる方のね。下の名前は新しいと書いて『アラタ』。」

急に、表情が和らいだ。
不意打ちだったから、その優しい微笑みにドキリとしてしまう。

こんな顔も・・・できるんだ・・・

冷たいまなざしと、不機嫌そうな顔しか見ていなかったので意外に思ってしまった。
『三洲 新』・・・か。三須・・・かと思ってたけど外れちゃったな。
字が確認できても、何も浮かんでこなかった。
葉山サンが言ってたみたいに、俺がこの人にぞっこんだったのなら・・・
きっと名前を見ただけでうれしかったに違いない。
だって・・・俺単純だからさ・・・

「真行寺?」

そのまま黙り込んでしまった俺に三洲さんが声をかける。

「あ、すいません・・・・・なんでもないです。」

どうしても緊張してしまう。


「そうか。」

再び訪れる沈黙。


気まずい・・・・・・


「真行寺・・・」
「は、はい!」

呼ばれて咄嗟に返事をする。
妙に緊張していたので、声が裏返ってしまった。

「・・・くっ・・・ははは・・」

三洲さんはおかしそうに笑っている。

「あの・・・三洲さん・・・・?」

ちょっと笑えるリアクションだったかもしれないけど、そこまで笑うこともないんじゃ・・・

「悪いな・・・最初の頃思い出しちゃってね・・・」

「はぁ・・・・」

笑いをこらえながらそう答えた三洲さん。
今のやりとりに一体どんな事を思い出したんだろう。
はじめの頃は、今みたいに俺も緊張してたんだろうか・・・


「俺は・・・お前にいちいちこれ覚えてるか?とか聞かないから。」

「え?」

ひとしきり笑った後、三洲さんはそう言った。

「お前が聞きたい事があるならそれに対しては答えるよ。」
答えたくないことには答えないかもしれないけどな。
そう付け加える。

気を遣ってくれたんだろうか・・・・
それともただ面倒くさいだけ??

「どうせ葉山があれこれ聞いたんだろうから、おなじ事聞かれても鬱陶しいだろう?」
少し戸惑っていた俺を察したのか、三洲さんはそう言った・・・・





夏は日が長い。
7時は夜という印象なのに、あたりの景色は夕方だった。
僕は三洲の運転する車の助手席からぼんやりと外の流れる景色を眺めていた。

「ねぇ・・・三洲くん・・・・」

目線は外へ向けたまま.

「なに?」

「・・・なにかあった?」

「・・・なに?突然。」

「なんか、雰囲気が一気に変わったなと思って。」

ジュースを買いに行くと席を外して病室に帰ると三洲の表情が変わっていた。
それまでは、やっぱり硬い表情だったんだけど・・・

「・・・・」

真行寺は相変わらず緊張していたけど・・・
以前は真行寺に限っては有料だと、わざと見せることの無かった笑顔。
詞堂時代の彼の笑顔は、装う事に長けた三洲の計算された物が多かったけれど
それとはまた別の、素顔の三洲の・・・自然な笑顔だった。

僕がいない時に、きっと何かあったに違いないのだ・・・

「そうだな・・・・・あったかもしれない・・・。」

ぽつりと呟く。

「・・・良いこと?」

おそるおそる尋ねてみる。
雰囲気が良い方向へ変わったのだから良いことなんだろうけど。

「・・・・かな?」

ふっと微笑む三洲。
僕は「そっか」と、ひとこと言ってそれ以上は聞かなかった・・・
その答えだけで・・・僕には十分だった。

                                                                        NEXT→

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
お待たせしちゃいました〜(><)
前へ進むために歩き出したアラタさん。アラタさんは真行寺との時間を取り戻せるのでしょうか?