夏の忘れ物  第十一話 −リロード−


「これでよかったか?」

家から持ってきた真行寺のテキストやらノートを、ベットの上のテーブルに広げる。

「・・・これ・・・全部じゃないですか?」

「折角だからこの機会に勉強したらどうだ?」

休みに入ってすぐ、レポートのことは聞いていたので必要最低限のテキストは分かったがどうせならと、全部持ってきた。

「重くなかったですか?・・・あ、辞書まである。」

「重かったよ。俺の苦労に報いるために頑張って勉学にいそしんでくれ。」

「・・・・はい・・・」

がくっとうなだれる真行寺。

『頑張ってね、三洲くん。』
そう言い残してアメリカへと葉山は戻っていった。
拒絶こそされなかったが『男同士でそういう関係』だったということに
とまどいを感じていた真行寺に、ただの先輩だと思えばいいと伝えてから
真行寺の俺への緊張は少しづつ無くなっていた。


『名前、どういう漢字書くんですか・・・?』


初めてあったときに交わされた会話・・・

それはもちろん、あの時と全くおなじではない。
あの時込められていた想いも、向けられた瞳も、意味も・・・
すべて違う物だったけど、俺にとっては十分だった。

俺のことを忘れてしまっても、真行寺は真行寺なのだと・・・

真行寺と過ごした祠堂での2年間を無くしてしまいたくはなかったけど
いま・・・ここからもう一度やり直してもいいかもしれない。

どれだけ邪険に扱っても、俺の側を離れることがなかった真行寺。
自分の気持ちに気がついても、素直になれなかった俺。
後悔することもあった・・・


もう一度真行寺が俺のことを見てくれるかは判らないけど。

今度は・・・・後悔しないように・・・・・

・・・たとえ元の関係に戻れなかったとしても・・・

・・・たとえ、ただの先輩と後輩になってしまっても・・・


もう一度・・・あの笑顔が見たかった・・・・。




「兼光くん、リンゴ剥いたんだけど食べて。お友達も一緒にね。」

年輩の女性が気さくに声をかけてきた。
「実家の青森から届いたのだからおいしいわよ?」
にっこりと笑って数個の剥かれたリンゴの乗った皿を手渡す。
「あ、すんません。」
「ありがとうございます。」

4人部屋の真行寺の隣のベットに入院している男性の奥さんだ。

「兼光くんのお見舞いに来るお友達は、みんな格好いいわね。
月並みだけど、もう少し若かったらと本気で考えちゃうわ。」

「奥さん十分お若いですよ?」
「あら、まぁ。聞いた?あなた。若いですって、うれしいわねぇ。」

俺がそう言うと彼女は夫を振り返ってわらった。

「社交辞令だろ?いちいち喜ぶなよ。悪いね、若い子見るとすぐこれなんだ。」
骨折で入院している・・・たしか坂本と言ったか。
坂本さんは苦笑いしていた。

個室から4人部屋に移って間も無いというのに、同室者とはもううち解けたようだ。
向かいのベットの老人からは孫のように扱われてるという。
人なつっこい笑顔と、体育会系の独特の礼儀正しさが他人に好感を与えるんだろう。
そう言うところは祠堂時代から変わっていない。
基本的に先生方の受けはよかったし、剣道部の後輩からも慕われていた。

もっとも、俺につきまとっていたせいで、一部では煙たがられていたけど。

詞堂を卒業してまだ2年もたっていないというのに、あそこでの生活が
もう十年以上も前のように感じる。

たった3年過ごしただけなのに、何年もあそこに居たかのような不思議な感覚。
入った時は、出来るだけ早くすぎてしまえばいいという思いだったのに・・・
過ぎてしまえば、名残惜しさを感じる・・・・

高校生時代っていうのはそういう物なのだろうか・・・
それとも詞堂が特別だったのか・・・


「あと2週間もすれば退院だって?」
もらったばかりのリンゴを頬張る真行寺に声をかける。
「そうみたいです。俺、身体頑丈なんで直りも早いらしくて。」
「それが取り柄みたいなもんだからな、お前は。」
「うわ、それはそうですけど・・・はっきり言われると。」

すこしふてくされる真行寺。


・・・・大丈夫・・・・こいつは何も変わってない・・・・

自分に言い聞かせる。

「はやく退院できても折角の夏休みがほとんどつぶれたことには変わりないっすよね・・・」

「生きてたんだから良いじゃないか。」

「それもそうっすね。俺、ほんと死ぬだろうって思いましたからね。」
あははと明るく笑う。

そうさ・・・こいつは生きてる。
いなくなってしまったわけじゃない・・・・

「でもほんと、みんなに迷惑かけちゃうし、とんだ夏休みっすよねぇ・・・」
ふぅーとため息をついて落ち込む。

コロコロと変わる表情に心が軽くなる。


大丈夫・・・大丈夫だから・・・・

とりとめもない話をしながら、俺は何度も何度も自分に言い聞かせていた。
心を決めても、不安は常に隣にあったから・・・・

「三洲さん。リンゴ食わないんすか?すげー旨いっすよ?」
黙り込んでいた俺をのぞき込みながら真行寺が言った。

「蜜が一杯で旨いっすよ?いらないんなら俺全部食っちゃいますけど・・・」

「一つは残せよ。」

こいつは・・・全然変わらない・・・・


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小悪魔的なアラタさんも萌え萌えですが、ちょっと気弱なアラタさんも萌え萌えかもですな・・・
真行寺〜りんご食ってる場合じゃないぞ(笑)