夏の忘れ物  第十二話 −希望−


「うわ。コレ全部赤池先輩が作ったんすか?!」

テーブルに並べられているご馳走に目を輝かせながら真行寺はいった。
「真行寺の退院祝いだからな。腕をふるってやったぞ。」
「いろいろご迷惑かけちゃってすんません。」

退院祝いに夕飯を作ると言った赤池に鍵を預けて病院へと迎えに行った。
戻ると手の込んだ料理がテーブルに並んでいた。
何度か赤池の手料理は食べたことがあるが、腕前は見事な物でいつもながら感心してしまう。


「悪いな、赤池。渡してた分じゃ足りなかっただろう?」
「そんなことないよ。限られた費用内で如何に作るかと言うのも料理の醍醐味だ。」
得意そうにそう笑う赤池に俺も真行寺も吹き出してしまった。

「赤池。普通のサラリーマンより料理人になった方が良いんじゃないのか?」
赤池の調理服姿って言うのも、結構いけると思うが。
「そうっすよね。お店出したら毎日でも通いますよ!」
俺の言葉に真行寺が同意する。
「安くなんてしてやらないぞ?」
「ええ〜そんなこと考えてないですよ?」
「怪しいなぁ。」
「ホントですってば。」
訝しげに見つめる赤池の視線に焦る真行寺。
「どっちにしても料理で食っていく事はないさ。」
そんな真行寺をおかしそうに笑って赤池はそう言った。



「さすがにお腹一杯だぁ・・・・」

たっぷりとお湯の張られた湯船につかりながら独り言を言う。

病院の食事は薄味で、どうも物足りなかったものだから
赤池先輩の作った料理は本当に美味しくて、限界まで食べてしまった。
少しは遠慮しろよと三洲さんに言われてしまったけど。

狭い湯船でうんと背伸びをする。

体のあちこちには、事故の時に割れたバスの窓ガラスでできた傷の跡が少し残っていた。もうしばらくすればほとんど消えてしまうだろうけど、一カ所だけ、胸に出来た傷は
ずっと後が残りそうだった。俺男だし体の傷とか気にしないけどね。

ゆっくりと湯船につかるのは久しぶりだからすごく気持ちがよかった
病院の風呂って湯船使えなかったし、時間無いから落ち着けなかったんだよね。

実は、自宅での記憶って言うのもあまりはっきりしていない。
三洲さんと一緒に住んでたわけだから、その辺が関係しているのだろう。
間取りとか、物のある場所とかそう言うことは大体覚えてるんだけど・・・

病院から自宅へと戻ってきて、ほっとしたのもつかの間。
少しだけ違和感を感じて落ち着かなかった。
自分の家だけどよく似た部屋に居るような感じ・・・
きっと三洲さんが居るからだと思う。
俺の記憶の中にはこの家に三洲さんは居ないから・・・・

本当は、三洲さんが借りていた部屋に俺が転がり込んだらしいんだけど
そんなことも全然覚えていなくて・・・・・
帰る車の中で三洲さんは、寮生活してると思えばいいみたいなことを言っていた。

所々の記憶が曖昧で、都合よく変換されてしまっているところもあって
葉山サンの話を聞いていた時も、三洲さんの話を聞いた時も違和感を感じていた。

いっそのこと、全部忘れてしまってた方が楽だったんだろうか。
そう考えた時もあったけど、それはそれで迷惑かけそうだ。
しかも、全然覚えてないってすごく混乱するだろうな・・・
逆に開き直れるんだろうか?

「・・・真行寺・・・?」

浴室の曇ガラスの向こうに影が見えた。

「あ、どうかしたんすか?三洲さん。」

突然声をかけられて少しびっくりした。

「いや・・・随分長いから大丈夫かと思って。1時間半は入ってるぞ?」

「あ、今出ます!」
俺は慌てて立ち上がろうとした。

「平気だったらいい。好きなだけゆっくり入れよ。ふやけない程度にな。」

三洲さんの小さく笑う声が聞こえて、ガラスの向こう側から陰が消えた。

体を半分お湯から状態でしばらく止まっていた俺は、もう一度肩までお湯に浸かりなおした。

髪と体洗うのに30分もかからないから、1時間も浸かってたのか・・・?

「もうブヨブヨじゃん・・・・」

手のひらを見れば、指先がしわしわになっている。
・・・もう遅いです、三洲さん。見事にふやけちゃってますよ。

俺は湯船から上がって、かけてあったバスタオルをひっつかんだ。


バスルームから出ると、丁度三洲さんが紅茶を入れていた。

「飲むか?」
「あ、頂きます。」
俺がそう答えると、三洲さんは止めていた手を動かし始めた。
テーブルの上にはカップが二つ。
最初から用意してくれてたんだ。
淹れたての紅茶を一口飲む。

旨い。
「三洲さん、淹れるのうまいっスね。」
多分これはダージリン。
「そうか?」
「そうッスよ。俺こんな旨い紅茶飲んだの久しぶりッスよ。今度は俺淹れますね。」
病院で飲もうと思ったら、缶紅茶くらいしかなかったし・・・
「楽しみにしてるよ。」
俺の台詞に、三洲さんはにこりと微笑んだ。
一瞬、ドキリとした。

三洲さんの笑顔は、とても綺麗だと思う。
笑顔だけじゃなくて、雰囲気とかも鋭いって言うか・・・・
格好いいという言葉よりも綺麗という言葉が似合うと思う。

俺が夢中だったのも何となく分かるような気がした。
と言っても、今の俺は三洲さんの事先輩としかみれないんだけど・・・

「真行寺、お前髪ちゃんと拭いてないだろ。」
三洲さんが唐突に言った。
確かに適当に拭いただけで、髪から滴が時折落ちてくる。
ソファーから立ち上がって脱衣所へ向かった三洲さんは手に新しいタオルをもって戻ってきた。
「ほら、新しいの持ってきたからちゃんと拭けよ。風邪引くぞ?」
パサッと俺の頭の上にタオルが降ってきた。
「大丈夫ッスよ。暑いし、俺風邪あんまし引かないし。」

水に濡れてるの好きだし・・・と言う言葉は飲み込んだ。

「夏風邪はバカも引くんだよ・・・・」
そう呟いて三洲さんはタオルで俺の髪を拭いた。
「夏風邪って時期でも無いと思いますよ?」
8月も終わり、9月に入ってしまった。
確かにまだ暑いけど、暦の上ではもう秋だ。

・・・・俺、ホントに一夏無駄にしたんだな・・・

「そうだな、この時期じゃ夏風邪って言わないか。どっちにしても俺が気になる。」
ちょっと冷たい言い回しだけど、俺の髪を拭く三洲さんの手つきは優しかった。
人に髪拭いてもらうのって結構気持ちがいいな。

それにしても・・・三洲さんって実は世話好きだったりする?

「寝る前にちゃんと乾かしておけよ。」
「はい。」
ぽんと頭を叩いて、三洲さんはタオルを脱衣所へと持っていった。

はいと返事はしたものの、結構しっかりと拭いてくれたので、自然に乾いてしましそうだった。



「そんなに端にいると落ちるぞ?」
ベッドの端ギリギリで横になっている真行寺へと声をかける。

家に一つしかないベッド。
葉山とのやりとりの再現を経て、一緒に使うことになった。

「俺バランス感覚は良いですから大丈夫っす。」
「寝てる時は関係ないだろう。」

下手な言い訳。もう少しましな言い訳もあるだろうに。

「そんなことないっすよ。」

「そんなに警戒しなくても襲ったりなんかしないよ。」
「えっ!・・・いや、そういうんじゃ・・・」

慌てて否定する真行寺。

「明日、一緒に出かけてベッド買ってこような。」
本当は退院する前に用意した方が良かっただろうけど、ギリギリまで待ちたかった。
「・・・いいっすよ・・・別に。向こうの部屋、ベッド置いたらすげー狭くなっちゃうし。」
「いいのか?」
別々に寝れる状況を作ってやれば喜ぶと思ったんだが・・・
「・・・俺、男同士がどうこうっていうの、気持ち悪いとかそう言うのは思ってないっすよ。」
「真行寺?」
突然だったから意表をつかれた。
「三洲さんとそういう間柄だって言われてびっくりしたし、戸惑いもしたけど。俺三洲さんのことは嫌いじゃないし・・・恋愛感情とかそう言うのは・・・ちょっとわかんないすっけど・・・いい人だなぁって思うし・・・あれ、何が言いたいんすかね、俺。」
「真行寺・・・・」

何度でも恋に落ちる・・・・そう思わせたのは今の気持ちがあるから・・・
もし違う出会いをしていても、きっと俺は真行寺の側に居場所を見つけるだろう。
今の気持ちがあるからそう言えるけど・・・本当に違う出会いをしていたら
俺は真行寺を選べていただろうか・・・・
冷静に考えれば考えるだけ不安になった。

たとえ思い出さなくても・・・もう一度真行寺は俺を選んでくれるだろうか?
あなただけだと、あなただけを愛しているともう一度ささやいてくれるのだろうか。
通り過ぎてきた日々をもう一度歩いて、止まったままのあの時を動かせるだろうか・・・
心の中に微かに希望が見えた。


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おまたせしました・・・・・
最終話までの構図がなかなか決まらず、予定していた一話を丸々削除してみたりと
かなり苦しみました(笑)いつの間にか真行寺退院しちゃってます。
間にもう一話入れたかったですが・・・