夏の忘れ物  第十三話 −迷路−



11月もそろそろ終わりに近づいて、周りの景色は冬色に染まっていく。
雪が降ってるとか、そういう事ではなくてコート姿が標準になり
気の早い街のディスプレイは、赤と緑を使ったクリスマス色。

真行寺は・・・・・相変わらずだ。

俺への想いが無いだけで、行動は以前のまま。
生活する分には何の問題もない。
退院してから3ヶ月。あいつの怪我もすっかり治って、バイトだの道場だのと、以前通りの生活をしている。

同居している高校の時の先輩として接してくる真行寺に俺もそれを演じていた。
はじめの頃は遠慮していた真行寺も、今ではだいぶ慣れたようだ。
赤池は「三洲にじゃれつかない真行寺は真行寺じゃないな。」と言っていたが
もともと人なつっこい奴だから、激しい違和感を覚えることはなかった。

じゃれつかれるのは鬱陶しいと思っていたけど今は、それがないのが寂しいと思う時がある。
鬱陶しいと言いながら、心のどこかでそれを心地よいと思っていた。

人間という生き物は、本当に身勝手なのだと改めて知る。
身勝手なのは、人間と言うよりは・・・俺だろうか・・・

取り戻せるなら・・・待ってみてもいい・・・何年かかっても・・・
そう決めたのに。

まだ、たったの3ヶ月しかたっていないのに既にその決心は揺らぎつつある。
距離を置かれたくなかったから、ただの先輩だと思えと言った。
恋人同士だったとかそういう事は考えなくていいと・・・
抱きしめてくれなくてもいい、愛してるとささやかれなくてもいい。
側にいることができれば、今はそれで十分なはずなのに・・・

『真行寺くんにはきっかけが必要なんだよ』
葉山に言われたのが随分と遠い日のようだ。
・・・どうしたら・・・取り戻せる?
さりげなく切っ掛けになりそうな行動を取っても全く効果がない。
ただもどかしい時間が過ぎていくだけの日々。
期待が諦めと不安に塗り替えられていく・・・どんどんマイナス要素が募っていく。
まだだ・・・まだ諦めるには早いだろ。

自分のそういい聞かせて・・・

もともと我慢強いはずなのにな。
くじけそうになっても、何とか支えていられるのは葉山と崎の言葉のおかげ・・・そして何より真行寺の笑顔があるからだった・・・




「お、いたいた!真行寺ーー!!」
昼食でにぎわう食堂。
人の波をかき分けてまっすぐに自分へと向かってくる。
「オッス、相澤。」
相澤智則。おなじ教育学部の友人だ。
「一緒にメシ食おうぜ。話もあるんだ。」
「いいよ。話って何?」
手に持っていたみそラーメンのお盆をテーブルの上に置いて隣に座る。
「あのさ、おまえ今晩ヒマ?」
そう言って卓上に設置された調味料トレイから一味を取り上げる。
「今晩?別にどこにも行く予定はないけど・・・」
「マジ?らっきー。な、な、コンパいかね?」
「・・・コンパ?」

コンパってあれだよな。学生同士の親睦を深める会合という表向きの
実は女の子とお近づきになるための飲み会ってヤツだよな・・・
コンパとナンパの違いは文字だけっていう・・・

「俺、そういう・・・・」
「急に一人ダメになってさ。な、頼むよ!今回だけでいいからさ!」
パン!と両手を併せて「頼む!」と繰り返す。
「そんなこと言われてもな・・・」
「Bランチ3食分!」
「・・・今日だけだぞ?」
まぁ、行くだけならな。さっさと行って帰ってこよう。
「さぁんきゅぅぅ〜」
「ちょ!抱きつくなって!!」
俺は相澤の頭を思いっきり殴ってやった。





金曜日の夜というのもあって店は混雑していた。

どこにでもある、チェーン店の居酒屋。
夕方、三洲さんに電話を入れて今日は遅くなると言っておいた。
今日は三洲さんも、家庭教師のバイトで遅くなるらしかったので丁度良かったかも。
あまり飲み過ぎないようにと忠告を頂いてしまったけど。

「ねぇねぇ、真行寺君って詞堂学院の出身?」
程々に盛り上がっているみんなを眺めながら、適当に話しに加わっていた俺に
一人の女の子が声をかけてきた。
「・・・そうだけど・・・?」
「剣道部だったでしょ?去年のインハイ準優勝。私も剣道部だったんだ。」
「そうなの?」

詞堂最後のインターハイ。駒沢が優勝で、俺が準優勝。詞堂勢で1、2位を独占した。
あのときの駒沢と言ったら、それはもうすごい気迫で
絶対裏で野沢先輩と何かあったに違いないとみんな言ってたっけ。
俺も負けられないと必死に向かい合った記憶がある。
そういえばこの子も見覚えがあるような・・・

「あ、女子で準優勝の子だ。」

確か優勝した子がすげぇごっつい子で準優勝の子がめちゃくちゃ可愛くて
美女と野獣だとかとんでもないこと言われてたっけ・・・
「覚えてくれてるんだ。うれしいな。あたし笠原若菜。」
彼女はうれしそうに笑った。

他の子達よりは大人しめであまり目立たなかったけど
よく見ると大きな瞳が印象的だった。
大会の時に見た凛とした雰囲気はないけど
下ろしてる髪をポニーテールにして・・・うん。彼女だ。
大会の後も剣道部員の間で話題だった。

「うちの剣道部で真行寺君と駒沢君、すごい人気だったよ?決勝戦すごい試合だったでしょ?」
「若菜ちゃん剣道やってたの?なんかイメージ違うね〜」
相澤が向かいのテーブルから身を乗り出して聞いてきた。
「そんなことないよ、剣道着着た若菜ってすごくかっこよかったよ?」
相澤の隣に座ってる子がすかさず言った。
「美紀ちゃん若菜ちゃんと高校一緒だったんだ。」
「うん。女子校だったからさぁ後輩とかにすごい人気あったよ、若菜。」
「人気なんてないよ、変な事言わないでよ美紀〜」
ぶんぶんと首を振って慌てていう若菜ちゃんの仕草は可愛かった。
「いやさ、俺の知ってる剣道やってる子って可愛い子いないからさ〜」
「柔道部って言うのも格好いい男の子いないよね〜」
なにやら部活の話で盛り上がり始めた。

「真行寺君はもう剣道やってないの?」
そっと小声で若菜ちゃんがたずねる。
「サークルとかには入ってないけど、たまに道場には行くよ。」
つられて俺も小声になってしまう。
「そうなんだ。よかったやめて無くて。」
彼女はそう言って微笑んだ。


「ね、真行寺君?」
店を出て後ろからコートの袖を引っ張られた。
振り返るとそこには、
「・・・と、美紀ちゃん・・・だっけ?」
彼女は「ちょっと耳かして?」とオレにかがむように言った。

「あのね、あたしが言ったのは内緒だよ?若菜ね、ずっと君に憧れてたんだ。」
「・・・え?」
ひそひそと耳打ちされた言葉に一瞬何を言われたのか分からなかった。
「2年のインハイあたりからさ、ずっと真行寺君の話してたんだ。」
「あの・・・」
「一目惚れだったんだって。」
「えぇ??」

えと、いきなり言われても・・・・・一目惚れ??

「若菜のこと、お願いね!」
ちょ、お願いっていわれても・・・・
美紀ちゃんはくるりと向きを変えて女の子の集団に合流した。

「真行寺。おまえ若菜ちゃん狙いじゃねぇの?美紀ちゃんは俺が狙ってるからな。」
「狙ってなんかいねぇって。」
相澤が後ろから声をかけてきた。
「来るの渋ってたくせに手がはええよなぁ〜」
「そんなんじゃないってば。」
力一杯否定する。
「次カラオケ行くけど良いだろ?」
俺の抗議もむなしく、相澤は話を進めた。
「いや。帰る。結構遅くなっちゃったし。」
女の子と話するのは楽しいけど、どうも慣れていないせいか疲れてしまった。
「もう帰るのかよ!これからが楽しいんだぞ!」
「俺の分も楽しんできてくれ、じゃーな。」
「おい、真行寺!」
「ええー帰っちゃうの??」
いろんな声が聞こえてきたけど、俺はそのまま駅へ向かって歩き出しだ。
街の雑踏をかいくぐりながら、ぼんやりと考える。

一目惚れ・・・・ねぇ・・・・・。

女の子に告白されたことはあるにはあるけど、一目惚れって言われたのは初めてだ。
中学の卒業式の日にも、同じクラスだった子から好きだと言われたっけ・・・
可愛い子だったし、仲もそれなりに良かった子だけど・・・・あれ?

俺・・・なんで断ったんだろう。
全寮制の学校に行くから??仲も良かったし、嫌じゃなかったのは覚えてる・・・

・・・・・・・・好きな人いるから・・・・

確かにそう答えた・・・・・・

・・・・・・誰だ??

俺があの時好きで好きでたまらなかった相手って・・・・一体・・・・

その人のことを考えるだけでドキドキして・・・・・

心臓がドキンドキンと大きく鳴った。
ぎゅうっと締め付けられるように、鼓動が早くなる。

もしかして・・・・・・・?

いや、でもその時はまだ、祠堂での生活は始まっていなかった。

じゃぁ・・・・誰だ・・・・・・・?


出口のない迷路の中を延々と走り続けているような感覚だった・・・・・・


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おお、真行寺。ついに思い出すのか??
さっさと思い出してくれ〜ラブラブが書きたいよおお(><)