「アーラーターさーーーん・・・?」
ゆっくりとノブを回して窺うようにドアの隙間からのぞき込んだ。
「あれ。やっぱいないし。葉山サンもまだかぁ。」

はぁ・・・・

何日まともに話してないんだろう。
学園内や寮でも会うには会うけどアラタさんがいうセリフはいつも同じだ。
「忙しいんだ、おまえにかまってる余裕なんかないよ。」
そう言ってすぐにどこかへ行ってしまう。

会えないよりはましだけど・・・

「部屋で待ってたらアラタさんに会えるかなぁ」
せっかく仮病を使って部活を早退したのにアラタさんに会えないまま帰るのは嫌だ。
二つ並んだベットの左側。アラタさんの使ってるベット。
ゴロリと横になる。

「・・アラタさんの匂いだ・・・・」

大好きな大好きなアラタさんの匂い。
抱きしめるとふわりと香るこの匂いが好きだ。それだけでもシアワセ。
なんだかとっても気持ちよくて眠くなってきた。
「んーアラタさんが来たら・・・怒るよな、やっぱり。」
でも、襲ってきた眠気には勝てそうにない。
どんどん意識が深く落ちていく。
あぁ・・・・だめだぁ・・・・・・・
せめて、夢の中でくらいアラタさんにあえたら・・・いいなぁ。

ふと目が醒めた。
一瞬、自分が何をしていたのか判らなかった。
あたりを見渡すと不思議な顔をした葉山さんと目があった。
「あ、葉山サンだ。」
「おはよう。そんなところでなにやってんのさ。真行寺くん?」
葉山サンは優しく微笑んだ。
キレイだなぁ。アラタさんとは別の綺麗さ。
「むーオハヨウはあんまりっスよ。」

アラタさんが月の冷たい光とかなら葉山サンは春の柔らかい日差しの感じ。
でも時々キツイことを言う。そんな葉山サンも嫌いじゃない。
よく見たらバイオリンケースを手に持ってた。
「あ、もうバイオリンの練習終えて、温室から戻ってきたっスか?」
今日は葉山サンのバイオリン聞けなかった。残念。
「もう少し練習してたかったんだけど・・・・・・・・・」
葉山サンが笑う。
アラタさんも・・・こんな風に笑ってくれたらいいのにな・・・
そんなことをぼんやりと考えた。

  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇  

                

270号室のドアの前。俺はちょっと迷っていた。
音楽鑑賞会は明日。準備でアラタさん、忙しいだろうし・・・
疲れてるだろうし・・・・・・
前に話してた服の話。
もっとましな服を着ろってアラタさんに言われた。
あれから少ない小遣いを貯めてやっとそれなりの服が買える金額になった。
アラタさんに選んで欲しいんだ。
それに毎週の恒例行事の少年チャンプ。やっぱり迷惑になるかな・・・

・・・・・・・・

でもやっぱり。アラタさんに会いたいよ、俺。

意を決してゆっくりとノックした。
かちゃっと小さな音がしてドアが開いた。
「あれ?真行寺くん。どうしたんだい?やけに大人しい登場だね。今夜は。」
ドアの隙間から顔をのぞかせた葉山サンはなぜかひそひそ声。
「どうしたんスか?そんなひそひそ声で。」
つられて小さな声になった。
「うん、三洲くんがね、もう寝てるんだ。」
「アラタさんが?」
でもまだ10時前・・・・
葉山サンに廊下に出ようと促された。


静かに、ゆっくりとドアを閉めると「やっとふつうに話が出きるね」とホッとした。
「アラタさん、どうかしたんスか?」
消灯までには1時間もある。どうしたんだろう。具合でも悪いのかな・・・・
「や、多分ずっと寝不足だったから・・・・・いくら三洲君でもまいっちゃったんじゃないかな?」
「もしかして服着たまんまねちゃったりしてますか?」
「うんそうなんだ。」
そんなに疲れてたんだ。アラタさん。
普通だった服着たまま寝てしまうなんてそんな事はしないもんね。
「こういう時どうしてあげららいいかわからなくって・・・」
申し訳なさそうに葉山サンがつぶやいた。
「じゃ、俺やりましょうか?」
葉山サン、困ってるし。
「え?なにを?」
「アラタさんを着替えさせてちゃんとベットで寝せます。」
「頼んでいいかい?」
俺の提案に葉山サンが目を輝かせている。
葉山サン、おもしろい。
「いいっすよ。・・・あ、葉山サン、アラタさんの生着替え見たいっスか?」
ドアノブに伸ばした手を止めて、ちょっとからかってみた。
葉山サンは少しあきれた顔をして「別に見たくはないけど。」と答えた。

静かに部屋にはいるとアラタさんは制服そのままでベットに倒れ込んでいた。
顔色、あんまり良くない・・・ホントに疲れてるんだね、アラタさん。
アラタさんの着替えを引っ張り出してベットの上に腰を下ろした。
無防備なアラタさんの寝顔。ドキリとした。
「アラタさん、着替えないと制服シワになっちゃうっスよ?」
静かにワイシャツのボタンを外す。
アラタさんの白い肌。久しぶりに見るアラタさんの身体。
「ん・・・・」
アラタさんが少し目を開けた。
「アラタさん。ちょっと体起こして。パジャマきせるから。」
背中に腕を滑らせる。腕にかかる重さが少し、軽くなった。
「腕、もうちょっと前。」
ぼんやりとしたまま素直に体を動かすアラタさん。
眠くて朦朧としてるときのアラタさんは普段からは考えられないくらい素直だったりする。


「脚、曲げて。」
「ん・・・」
「伸ばしていいよ。」
「ん・・・」
「アラタさん、俺のこと好き・・・?」
「・・・ん・・・・」
へへ、ラッキー。


できることならこのまま色々してみたい気もするのだけど・・・・
葉山サン待ってるし、後でアラタさんに何言われるか。
着替えはアラタさんが素直なおかげですぐに終わった。
「アラタさん、お休みなさい。」
「ん・・・」
アラタさんを横にさせて布団をしっかり掛けた。
軽く、額に口づけて部屋を出た。
コレくらいは・・・いいよね?アラタさん。

すぐに出てきた俺を見て葉山サンが驚いていた。
「おやすみなさい、葉山サン。」と言って帰りかけた俺を葉山サンが呼び止めた。
「三洲くんに用事があったから訪ねてきたんじゃないの?」
「そうっすけど、アレじゃ話なんかできないし。」
たいした用じゃないんだ。
「あ、少年チャンプの事なら三洲くんの机の上に紙袋があったろ?アレがそうだからもっていくといいよ。」
葉山サン、俺にも気を遣ってくれるんすね。
「いや。いいっすよ葉山サン。やめておきます。」
「遠慮なんて、真行寺くんらしくない。」
「や、そうじゃなくて借りても俺、今夜は読んでる暇ないし。」


・・・コレは嘘。


あんなに疲れたアラタさん見たら、迷惑かけられないよ。
鬱陶しいって思われるのは・・・嫌だ。
「なんだ、そうなんだ。無理に進めて悪かったね。」
俺のそれっぽい嘘に納得してくれたみたいだ。
葉山サン。ホントに優しい。
嘘ついてごめんなさい。
「葉山サンの謙虚で優しいとこ、好きっスよ。」
そう言ったら葉山サンはあわてて、そして、照れていた。

  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

7月7日。音楽鑑賞会。
アラタさんが一生懸命準備していた鑑賞会当日。
去年の井上佐智もすごく、良かったけど今日はそれとは違う良さがあった。
すごい迫力があってまるでスペインにいるみたい。
「さすが俺のアラタさん!」って思ったら・・・・いろいろと考え込んでしまった。
後半はせっかくの演奏もあまり耳に入らなかった。

昨日、学食でアラタさんと葉山サンを見かけた。
嬉しくって速攻飛んでいった。
けどアラタさん具合悪そうで、いつも俺の物は平気で持っていったりするのに
その日は違っていて・・・とまどった。
拒絶されてるみたいで・・・怖かった。
葉山サンが気を利かせてくれて服の見立ての話はできたけど
やっぱり、アラタさんは忙しそうだった。
アラタさんに無理はさせたくない。
体調崩してもがんばってるアラタさんのじゃまはしたくなかった。

バスへ向かう流れの中、ふと後ろがざわついていた。
気になって足を向けた。
「三洲先輩、倒れたらしいぞ!」
誰かがそう叫んだ。
アラタさんが倒れた?!
あわてて人だかりの中を分け入っていく。
厚いガラスの向こう側。
青い顔したアラタさんが相楽先輩に抱きかかえられていた。

がっしりとした体つきに加え
初めてあった入試の時と変わらない頼りがいのありそうな雰囲気。
・・・たまに見かけた電話口で楽しそうに笑っているアラタさん。
アラタさんの・・・あこがれのヒト・・・伝説の男。
自分と相楽先輩との差をはっきりと見せつけられたような気がした。

自分とアラタさんと・・・・アラタさんと相楽先輩。
どっちが・・・一体・・・

もちろんアラタさんの事は心配だけど、それ以上二人を見ていられなくて
おれはその場から立ち去った。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「変だよ、最近の真行寺くん。」
「変って、どこがっスか?」
学食でいきなり葉山サンに捕まった。
葉山サンはおれのベルトをガシッと捕まえて「やっと捕まえた!」と呟いたんだ。
「どこって、全部。」
きっぱりと言い切る葉山サン。
「そんなことないと思います。」
「だって、三洲くんのお見舞いにも来なかったじゃないか。」
「具合が悪いのに俺なんかが顔出したら、激怒されてアラタさんの血圧反対にあがっちゃいますよ」
あ、貧血だからかえっていいのかな?
でも激怒されるのは慣れていても、やっぱり嬉しくない。
「それにアラタさん。、別に俺が見舞ったところで喜ばないし。」


アラタさんがこういう時にそばにいて欲しいヒトは・・・きっと俺じゃない。
今さっき見てしまった電話口でのアラタさん。
嬉しそうに、楽しそうに笑ってた。
「そんなことないよ」
「いっつもやさしいっスよね、葉山サンって。」
思った通りの葉山サンのセリフ。
すこし・・・期待していた。
「そういう話をしてるんじゃないだろ」
俺の言葉に葉山サンは少し怒ったような、あきれたような顔をした。
「だって、お世辞とかじゃなくてホンキでそんなことないって言ってくれるじゃないですか。」
「それはね・・・」


葉山サンがそう言ってくれる度に少し、救われてる。
しってる?葉山サン。すごく、助けられてるんだ。だからギイ先輩は葉山サンを選んだのかな?


「電話の相手って、きっと相楽先輩っスよね」
「え?・・・あ」
唐突に話題を変えた俺に、葉山サンは少し微妙な表情をしてた。
「お見舞いの電話ってところかなぁ。」
「・・・かな。わかんないけど」
どんなに忙しくても相楽先輩とは、あんな風に話をしていた。
俺には絶対してくれない、優しい顔。
いつもの計算してとってる冷たいあしらいじゃなくて、ホンキで素っ気ないときも
相楽先輩とはあんな風に・・・・
自分と相楽先輩との立ち位置は、真逆なような物だけど。
まだ、まだ、全然、伝説の男には勝てそうにない。
自分でもちゃんと判ってるけど・・・見てるのはつらいんだ。

いつになく弱気な自分がいる。
俺とアラタさんのことを知ってる葉山サン。
アラタさんの邪魔にはなりたくないんだって葉山サンに話した。
葉山サンはどこか納得いかないみたいなカンジ。
「そいじゃ、おやすみなさいです。」
おれは椅子から立ち上がって葉山サンに笑いかけた。
心の中で「ありがとう、葉山サン。」って呟いて。
席を離れようとした時、葉山サンが立ちあがった。
「なら、僕とデートしよう、真行寺くん。」
「はい?」


トートツですよ、葉山サン・・・


「日曜日、午後からならあいてるんだよね!」
「あ、あいてますけど・・・・」
ナイスアイディア!葉山サンの目がそう語ってる。
ふと視界に人影が見えた。
「じゃぁ決まり!僕が見立てるよ、君の服。」
人影が誰かを確認して動きが止まってしまった。
「はぁ・・・」
「なんだよ、義理にでも少しは嬉しそうな顔しろよ。」
葉山サンは全然気がついてないみたい。
「や・・・その・・・」
言い淀む俺に違和感を感じたのか俺の目線を追うように後ろを振り返った。
そして・・・憮然とした表情で葉山サンを見つめていたギイ先輩と目があって・・・
俺と葉山サンはそのまま、固まってしまった。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

練習を終えて、葉山サンと一緒に町まで来た。
これから先に下山してるギイ先輩たちと待ち合わせてランチタイム。
体を動かしたせいか程良くお腹も空いてきた。
ギイ先輩おすすめのスパゲッティーがあるとか。
折角の葉山サンの気遣い、今日は楽しもう。
「川沿いのカフェってあそこの事かなぁ?」
地図をのぞき込んでいた葉山サンが1件の店を指さした。
白くて洒落た建物。数人の人影が見える。
「そうみたいっスよ、葉山サン。」
リバーサイドテラスって、なんかまんまな店名。
呟いた俺に葉山サンは笑ってうなずいてくれた。


「迷わずにこれたようだな。」
ギイ先輩が笑顔で迎えてくれた。
「こんにちわ。」
なんだか恐縮してしまった。
今年に入ってから一変したギイ先輩。
もろもろの事情で人を寄せ付けない雰囲気を漂わせている。
一緒にいたのは赤池先輩と八津先輩。
このメンバーの中に自分がいてもいいのだろうか・・・・?
緊張しながらも店内へと足を踏み入れた。
込み合う店内。
案内されたのは川に面したテラス席。
ホントに店名そのまんまだな。
こういうおしゃれな店ってあんまりくる機会がないからなんだか物珍しい。
やっぱりカップルが多い。みんな明るい表情で向かい合ってる。
・・・アラタさんと・・・来たいなぁ。
そんなことをぼんやりと考えたりして。
あたりを見ましていて、ある席に目をやって視線が外せなくなった。

・・・・アラタさん・・・・?
それに、相楽先輩だ。
一気に血の気が引いていくような感覚。頭が真っ白になりそう。
アラタさん・・・アラタさん・・・アラタさん・・・・
心の中で何度も名前を呼んだ。なぜか判らないけれど。
ふと、アラタさんの視線が動いた。
目が・・・あってしまった・・・・・・
それまで笑っていたアラタさんの顔が表情をなくしていく。
俺とアラタさんは・・・見つめ合ったまま・・・動かなかった。

「あ、こんにちわ。」
ギイ先輩の声がする。
「おい、崎!」
相楽先輩が席を立ってこちらへ向かってくる・・・
アラタさんの視線が、俺から離れて相楽先輩を追った。
そして・・・そのまま、外の景色へと移動した。
おれも、アラタさんを見ていられなくて視線を足下へと落とした。
先輩たちが何か話している。
何を話しているのかよく聞こえない。
アラタさんの用事って相楽先輩とのデートだったんすね・・・
そうっすよね?相楽先輩との約束じゃ、そっちが優先すよね?
おれは・・・アラタさんの何ですか?
アラタさんの中で俺は・・・どの位置にいるんですか?
判っていたことだけど・・・自分にちゃんと言い聞かせていたけど・・・
こうして目のあたりにするとやっぱりつらいっスよ・・・アラタさん。
なんだか無性に泣きたくなった。
いつの間にか相楽先輩は戻っていて、椅子に座った赤池先輩たちがギイ先輩に小声で何か話してる。
葉山サンの視線を感じた。
心配・・・してくれてるんすね?葉山サン。


「あの・・・葉山サン」
俺は何とか声を振り絞って葉山サンに声をかけた。
「オレ、ここで失礼してもいいっスか?」
「え、どうして・・・?」
オレの言葉に葉山サンが驚く。
「どうした?三洲。まだ具合が悪いのか?」
耳に入ってきた声。
「葉山サン、それにギイ先輩も。せっかく誘ってもらったのにスイマセン。」
ぺこっと頭を下げて、帰ろうとしたその時、相楽先輩と目があった。
一瞬、間が空いて、そして懐かしそうな表情で相楽先輩は声をかけてきた。
「あれえ?もしかして、135番の真行寺くん?」
「あ・・・」
名前、覚えてるんすね。番号まで・・・・
「あの時はごちそうさまでした。」
「いやいや、どういたしまして。」
気さくな笑顔。印象はあの時から全然変わってない。
魅力的な瞳もそのまま。


アラタさんの尊敬してる人。
やっぱりこの人にはかなわないなぁ。
強くなろう、相楽先輩を超える器のでかい男になろう。
そう心に誓ったのは1年半位前。
たかが1年で追いつけるとも思ってないけど
少しも距離を縮めることができてない気がした。
「あの後何をごちそうしたんだ?」とアラタさんに聞く。
アラタさんは忘れたといって笑った。
「て、天ぷらソバですっ」
思わず答えてしまった。アラタさんが本当に忘れてしまっているような気がして。
「天ぷらソバ、好物なんだ?」と相楽先輩は話をしていたアラタさんから俺に目線を移した。
「え?あ、はい。」
何でわかったんだろう・・・どうして?
「黙ってそういうことするからなぁ、三洲は。」
相楽先輩が優しい目で・・・アラタさんを見た。
見ていられなくなって葉山サンたちの所へ戻った。

一度も、アラタさんは俺を見てくれなかった。

「それじゃ、失礼します。」
葉山さんたちにもう一度頭を下げて、アラタさんたちの方へも頭を下げて、くるりと出口へと向かった。
はやく、ここから離れたい。
「ちょ、真行寺くん」
慌てた葉山サンが声をかける。
でも、立ち止まらない。ごめんなさい、葉山サン。
「待てよ!真行寺!」
ガッと腕を捕まれた。ぐっと指が食い込んでくる。
反射的につかむ腕をふりほどいてしまった。
先輩たちしかいなかった事に気がついてハッと振り返って凍った。


アラタさん・・・・?


アラタさんがすごい目でにらんでた。
折角の相楽先輩とのデート。邪魔したの怒ってるんすか?
アラタさんの顔が見れなくて、視線を逸らして出口へ向かった。
「待てと言ってるのが聞こえないのか?真行寺。」
聞こえてます。大好きなアラタさんの声。
でも、俺はここにいられません。
「おまえは俺の所有物だろ。なのにどうして言うことを聞かない。」
アラタさん!?
思わず振り返ってしまった。
ああ、アラタさん目がすわってるっスよ?
ホントに視線で殺されるってあるんスね。壮絶に綺麗で、俺の心臓直撃。

・・・・って・・・今なんていったんスか・・・?
・・・え・・ええ!?えと・・・アラタさん、所有物って・・・そうだけど。
こんなに人のいるところで・・・・そんなこと言って・・・
気がつくとアラタさんに腕を引っ張られて席へと戻されていた。
「待てと言ったら待っていろ。ここにいろと言ったらここいいろ。」
アラタさん・・・・・?

「俺がいいと言うまで帰るなよ。」
きっぱりと言い切って相楽先輩の元へ帰っていった。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

それぞれの席で昼食も終わって、なぜかいま、アラタさんが俺の少し前を歩いている。
不機嫌な空気がバンバン伝わってくる。
アラタさん、すっげーーーーー怒ってるよ。
マジで怒ってるよーーーー
こんなに怒らせたの俺っすね。ホント、怒らせることしかできないな。
アラタさんは俺の洋服選びをするっていって聞かない。
気にしないでくれって言ってもすごい目でにらまれる。
今日のアラタさんには俺、絶対に逆らえない。
スッと一件の店にアラタさんが入っていった。
慌てて後を追う。
ちょっと高めな感じの服がディスプレイされていた。
アラタさんはパパっと3,4着ラックからハンガーを外していった。
・・・アラタさん・・・?テキトー?
くるっと振り向いて手に持った洋服を俺に押しつけた。
「ほら。」
・・・えと、試着してこいってことっスか?
えっと・・・・・・
「試着室はこちらになっております。どうぞ。」
綺麗な女の人がにこやかに試着室をさした。
すっげーーー不安だけど・・・

パタン。
試着室のドアを閉めてため息をついた。
やっと、息ができるみないな感覚。
狭い試着室の中、一人になってなんだか力が抜けた。
アラタさんが待ってるから急いで着替えないとね。
これ以上アラタさんを怒らせたら大変。
前からずっと考えてたアラタさんとのデート。
あの店でお茶して・・・とかいろいろ考えてたんだ。
本当は、アラタさんといるだけで、側にいられるだけで十分なのだけど。

パンツを履き替えて、着ていたTシャツをがばっと脱いだ。
「わっ!アラタさん!?」
一人きりだったはずの試着室の中。いつの間にかアラタさんがいた。
慌てて脱ぎかけたTシャツを戻した。
アラタさん、不意打ち!ずるい!心臓止まるかと思った!
「そんなに驚くことはないだろう、真行寺。」
冷ややかなまなざし。
「な、なんの用っすか?アラタさん。」
なんでこんな所にアラタさんが?
驚くなっていわれても驚きます。
「様子がどんなか見に来たんだよ。俺に気にせず着替えればいいだろう?」
「あ、はい。」
といわれても・・・パンツを先に着替えてよかった。
恥ずかしいとか、今更なんだけど・・・うん。よかった。


じーっとアラタさんが俺のことを見ている。
着替えずらいっすよ、アラタさん・・・
黙ってるわけにもいかずアラタさんが選んでくれたシャツを手に取った。
柔らかい生地。肌触りがいい。
袖を通してボタンを留めてゆく。
「へぇ、似合うじゃないか。」
アラタさんの言葉に鏡を見てみた。
たしかに、悪くないと自分でも思う。
控えめな、薄いグリーンのシャツ。
ボタンを上まで留めたものの、襟の内側に値札が挟まってなかなかとれなかった。
「ほら、真行寺」
アラタさんに手招きされてかがんだ。
アラタさんの腕が俺の後ろに回される。
ごそごそと値札を抜き取って襟の形を整えてくれた。
「これでよし。」
・・・アラタさん・・・?
回された腕はそのまま。
「アラタさん?」
「おまえ、俺を捨てる気だったのか?」
「は?」
・・・なに?アラタさん、何言ってるんスか?
アラタさんのめがまっすぐに俺を見つめる。
鋭くて、きれいな目。
こんなに近くで見るの・・・久しぶりだ。
どくん。どくんと鼓動が激しくなるのがわかった。
「今に始まったことじゃないが、葉山サン、葉山サンってなんだあれ。やけに懐いて
俺の誘いは断ったくせに葉山とは出かけるんだな、真行寺。」
怒ってるけど・・・・さっきとは違う感じ。
「それは、あの・・・」

アラタさんに無理させたくないからっス。

「どういうつもりなんだ?真行寺?」
「どうって・・・あの。」

アラタさんの負担になりたくないからっス。

「そもそもな、主人が具合悪いときに側にいないなんて
飼い犬失格だぞ?一度も見舞いにこないとはどういう了見だ?」
「それは・・・あ、ごめんなさい。」
アラタさん?見舞いに行ってもよかったの?
俺が行っても、怒らなかった・・・?
「俺を捨てようなんてそんな権利、おまえには無いんだよ。わかってるのか?」
アラタさん、俺がアラタさんから離れると思ってたんすか?
だからあんなに怒って。・・・・?
「アラタさん――」
回されたままの腕。俺はアラタさんの背中へ腕を回した。
アラタさんの体がゆっくり動いて、二人の間にあった隙間が無くなる。
久しぶりに触れたアラタさん。
こんなに細かっただろうか?
「退学になんかなりたくないだろ?真行寺。」
「なりたくないです。」
アラタさんの側にいられなくなる。


初めて会った、あの寒い日からずっと、それだけを願っていたのだから。
ずっと、この人の側にいたいって。
「このシャツ、肌触りがいいな。」
突然の話題転換。
「これにしろ。」
「―――はい?」
ああ、アラタさんこのシャツ気にいったんスね?
「これ着て夏休み、俺とデートしろ。」
「え・・・・?」
アラタさん?今なんて・・・夏休みだって忙しいんじゃ無いんですか?
それより・・・今、デートっていったんスか!?
「なんだ?不服か?」
アラタさんが眉をひそめる。
「いや、そんな滅相もないっス!」
「そうか。」
アラタさんがふわりと微笑んだ。
いつもとは違う、やさしい微笑み。
今までの不安も憤りもすべて洗い流してしまうかのよう。
心地よい安堵感を感じた。
「すきです、アラタさん。」
「真行寺・・・」
ありったけの思いを込めてそう囁くおれにアラタさんは
俺の名前を呼んで、俺を引き寄せた。
軽くふれあう唇。
柔らかいアラタさんの唇。
すこし・・・ほんの少しだけ、震えていたような気がした・・・・

 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

帰り道。
先輩たちからずーっと離れてアラタさんと歩く。
ゆっくり。ゆっくりと。
夕焼けに染まった枝だけの桜並木がすごく綺麗だった。
アラタさんが俺の隣にいる。
このまま、寮までのこの道が、この時間が続けばいいのにと考えてしまう。
「アラタさん。」
呼ぶとアラタさんが顔を上げた。
ずっと気になっていたこと。
今まで、初めて会ったときの涙の理由を聞かれた事がない。
聞くとアラタさんは「何でだろうな?」と曖昧に笑った。
入寮式の日。やっと教えてもらえた名前。
「アラタさん・・・」
大事に呟く。
「なぁ、真行寺。」
突然、アラタさんが腕を絡ませてきた。
「一度しか言わないからよく聞けよ?」
「はい、なんすか?」
何を言われるんだろう。
「あんまり葉山に懐くなよ。妬けるから。」
「は?」
予想外。大穴。万馬券。
えと、アラタさん。やきもち・・・・妬いてくれてたんスか?
・・・俺に??
「わかったか。」
ぽん、と俺の腕を放しにらみつけたアラタさん。
すこし、赤く染まって見える顔は夕日のせい?
「・・・わかりました。」
なんだかすごく嬉しくなって、頬がゆるんでしまう。

「好きです!アラタさん!」
「うるさいな。調子に乗るな、真行寺。」
アラタさん・・・アラタさん!
全身から溢れる思いはもう止まりそうにない。
「だーーーいすきです!アラタさん!!」

好きです、アラタさん。大好きです。
ずっと、ずーーーっと側にいます。アラタさんが誰を好きでも、
俺から離れていったとしても、ずっと・・・アラタさんだけ大好きです・・・

                                                       

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

長ぇっつーの(´Д`;

と言うわけで記念すべき第1作目です。
Pureのおかげで真×三洲にすっころんでしまったのです。
それまでは王道、ギイ×タクミだったのに(笑)
慣れないのでかなり読みにくいかもしれませぬ。