「参ったね、葉山、さすが崎が付き合ってるだけはある。」
「え?」
俺のため息混じりの呟きに葉山は不思議そうな顔をした。
「真行寺。まだ道場?」
「あ、うん。帰りがけによったらまだ地稽古まで進んでなかったから
後1時間くらいは道場にいるじゃないかな。」
「そうか」
俺は「散歩してくる。」と一言残して270号室を出た。

参った、参った。

人の行き交う廊下を黙々と歩く。

世間に疎いとか他人に感心がないとかさんざん言われてた葉山。
俺の印象もそんな感じ。だから最適の同室者と思ってた。
けれど以外に聡いときがある。
さらりと鋭いことを言う。

『へんなの、あんなに愛されてるのに不安なんだ。三洲くん。』

くすっっと笑いはしなかった物のそれに近いニュアンスで。
『へんなの』それをおまえが言うんだな。
それとも、おまえだから言えるのか?

最初は、タダの暇つぶし。
大きい犬を飼うことが子供の頃の憧れだったから。
楽しそうにじゃれつくのをあしらって、ご主人様と飼い犬ごっこ。
邪険にしても懐いてくる。

今じゃ、どっちが飼い主やら。

深くため息をつく。
梅雨の中休み、久しぶりの晴天。
日は少し長くなって空はまだうっすらと青い色を保っている。
地上との境目が微妙な紫色。

バシッ バシッ と乾いた音が響いている。
ダン!と勢いよく踏み込む足音の響き。
細い木を組み合わせてできている窓から少し離れて中をのぞき込んだ。
向かい合って打ち合う部員たちの隙間から真行寺の姿が見えた。
真行寺と話してるのは新入生か・・・?
じゃれつく真行寺からは想像できないような真剣な目。
新入生に何かを指導しているようだ。
2,3言葉を交わして真行寺が笑い顔になった。

ちくりと、胸が痛んだ。

その胸の痛みの理由を考えてむっとする。
馬鹿らしい、これくらいの事で嫉妬?
葉山だ。葉山のせいだな。あんな事言うから変に敏感になってるんだ。

ああ、馬鹿らしい。

くるりと方向を変えて校舎の方へ歩き出す。
目線をあげて足が止まった。

「やぁ、三洲。」
「・・野沢?」

野沢政貴がそこにいた。

「何してるんだい?こんな所で。」
「別に。気分転換の散歩だよ。野沢は戻り?」
「うん。道場覗いていこうと思ったんだけどね、まだかかりそうかな?」
すっと目線が道場へ移動する。

そうか。駒沢が剣道部だったな。

「さぁね。俺は剣道部員じゃないから判らないよ。俺に聞かれても困るね。」
「ああ、ごめん。三洲が道場覗いてみから聞いてみただけ。」

ドキリとしたけど表情には出さない。

「難しい顔して道場覗いてたからさ、変だなって。」

・・・2回目だな。

「別になにも。『むさそう』だなと思っただけだよ。」
「そうだね、防具って結構匂いがこもるからね。」

知ってるよ。

「よく平気なモンだ。俺だったら気が狂いそうだよ。それじゃ。」
「あ、うん。じゃぁね。」

林の中をゆっくりと歩く。
気が狂いそう・・・か。
自分の言ったセリフに、もう一つ意味があるのに気がついた。
気がついて自嘲する。
ホントに馬鹿らしい。

6月とはいえ、夕方になれば山奥の詞堂の空気は肌寒い。
キィィ・・・と音を立てて扉を開けた。
外とは違い昼間の気温の残る温室内。
たくさんの植物が鬱蒼と茂っている。

「密林だね、これは。」
植物園をミニチュアにした感じ。
花だけでなく、背の低い樹木も植えてある。
奥まった場所にあるテーブルセット。
少し古くなったウッドチェアーの上に1匹の黒い猫。
気持ちよさそうに丸まって眠っている。
俺に気がついたのかビクッと顔を上げた。

目が合う。

生意気そうな顔してるな。おまえ。

一歩前に出る。
途端に猫は素早い動きで木の上に上った。

ワインレッドの首輪にぶら下がった小さな金の鈴がリン、リンと音を立てた。
ああ、だから「リンリン」ね。
誰がつけたか知らないけど安易だね。

さっきまで猫が丸くなっていた椅子に腰掛けて木の上の猫を見る。
じーっと伺うように、警戒しているのが解る。

猫は・・・嫌いだ。

気まぐれで、生意気で。
第一、俺に懐いた試しがない。

特にこいつは、猫の中でも一番嫌いだ。

猫が好きだと言っていた真行寺。
祖母の家が猫屋敷でよく遊びに行っていたと。
甘えてくる猫がすごくかわいいのだと。

「猫はあまり人に懐かないだろ?」
そういった俺に
「そんな事ないですよ、アラタさん。
猫って気まぐれで我が儘だけど実は寂しがり屋なんです。」
真行寺は笑っていった。
「あ、なんだかアラタさんみたいっスね。」
そう付け加えて。
「4足歩行の畜生と一緒にするな。」といって蹴りを食らわせてやったけど・・・

思い出したらまたむかついてきた。

『不安なんだ、三須くん。』

当たり前じゃないか。
どんなに冷たく、ぞんざいに扱っても決して態度を変えない真行寺。
変わらず、俺の後を追いかけてくる。

でも、不変の物はないんだ。
俺の気持ちがはじめの頃と違う物になったように
逆に、真行寺の気持ちも変わって、俺から離れていくかもしれない。
おまえだってそうだろう?葉山。
普通じゃない崎のバックグラウンドに不安はないのか?
二人の気持ちだけでは生きていくことはできないんだ。

それに葉山。
もう少し優しくしてあげればいいのにって思ってるんだろうが
一度始めたスタイルはそう簡単には崩せないんだよ。
俺は、人に負けるのが大嫌いなんだ。

ツンとすました黒い猫。
机に伏して木の上の猫を見やる。

真行寺。
お前がこの猫をかまうのは、猫が好きだから・・・?
それとも俺とこいつを・・・
「あれ?!アラタさん?」
振り向くと偉く驚いた顔をして真行寺が立っていた。

「な、何してるんスか?こんなところで。」
「なに?部活終わったの?」
温室と俺。確かに意外だろうな。
「あ、はい。」
「で?お前は何しに来たわけ?」
「いや・・・リンリンが心配だったか・・・・あ。」
しまった!というような顔をして慌てて口を噤む。
「ふぅん。」
冷ややかな俺の視線に真行寺が固まる。
「まさか・・・アラタさん。もうリンリンのこと・・・」
ばかだな。こいつは。
「他人の猫を勝手に処分したら犯罪だろう。」
「え?じゃぁ??リンリンは?」
「あそこ。」
俺は猫が上った木を指した。

「あ!リンリンまた登ってる。」
猫が木に登ったくらいでなぜ騒ぐ?
塀の上とかよく高いところに登るじゃないか。
「リンリン、自分じゃ降りられないのに。」
真行寺は木の側へ行くと「リンリン〜おいで。」と手を伸ばす。
けれど猫はぴくりとも動かない。

「大橋先生じゃないとだめかぁ。」
残念そうにつぶやく。
真行寺の隣に並んで猫を見上げる。
よく見ると震えている。

怖いのか。
馬鹿だな。怖いなら大人しく真行寺に助けてもらえばいいのに。

ふと、気まぐれで手を伸ばしてみた。
真行寺のちょっと意外そうな目。

猫は動かない。
まぁ、そんなもんだろうさ。
あきらめて伸ばした腕を戻しかけた時不意に猫が飛んだ。
「なっ!」
眼前に迫る黒い固まり。
咄嗟のことにバランスを崩す。
「アラタさん!」
真行寺の腕が俺の体を支えた。
しっかりと抱き留められる。

猫は・・・俺の肩にしがみついていた。
ニャァと小さく鳴いてバッと地面に飛び降りた。
「びっくりした・・・大丈夫すか?アラタさん。」
「・・・・」
あの猫・・・俺を踏み台にしやがったな・・・・
タダでも気にくわない猫。
なめた真似をしてくれるじゃないか。
どうしてくれよう。


「アラタさん・・・?」
「・・・猫鍋にしてやる。」
「えぇ!?」

猫を追おうと動いた瞬間、真行寺の腕に力が入った。
「ダメ!だめっスよ!アラタさん!」
「うるさいぞ、真行寺。離せ。」
「だめですってば。離したらアラタさん、リンリン捕まえるでしょ?」
・・・・こいつは。
「真行寺。俺とあの猫、どっちが大事なん・・・」
「アラタさん。」
「・・・・・」
最後まで言い終わらないうちに、真行寺は言った。
・・・即答か。
「ふん。当然だな。」
優越感と安堵感。
大丈夫。まだ俺はこいつの一番。

とはいえ、腹が立つのはしょうがない。
本当にどうしてくれようか。
・・・そうだいい手がある。

おれは真行寺の胸元をつかんで引き寄せた。
強引に唇を重ねる。
躊躇いがちな真行寺の舌の動きが可笑しかった。

「アラタ・・・さん?」
驚いた顔で俺を見ている真行寺に目を細めて、誘うように笑う。
「真行寺・・・しようか・・・?」
甘いささやき。
目で、声で、仕草で。
すべてを使って真行寺を誘う。
「えっ・・でも・・ここ・・・・」
戸惑う真行寺。
「なに?俺としたくないの?」

耳元でささやく。

触れ合った胸元。真行寺の鼓動が早くなったような気がした。

「アラタさん・・・・」
再び触れる唇。
さっきとは変わって貪るように、貪欲に俺を求める。
頬にふれて、髪を絡ませて動く指。
真行寺が俺を抱く腕に力を込める。
名残惜しそうに離れる唇。
首筋に顔を埋めて、ネクタイをほどこうと手が動いた。

「やっぱりやめた。」

「え?」

突然の俺の言葉に真行寺の動きが止まる。
真行寺を押しのけて腕の中から逃れる。
「ちょ、アラタさん??」
「その気がなくなった。」
「ええ!?」
情けない真行寺の顔。
「盛り上げといてお預け?!」

そ、お預け。ざまーみろ。

「腹が減ったな。食堂に行くとするか。」
意地悪く笑ってやった。
「あ、わざとだ!ぜってーねらってやっただろ。」
「さぁてね。」
くるりと背を向けて歩き出す。
「ひっでーーーー。あ、アラタさんちょっと待ってよ!」
誰が待つか。ばーか。
「アラタさんってばぁ!」
慌てた真行寺の足音がする。

ほら、追いかけてこいよ。真行寺。
追いかけてこいよ・・・・・

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素直になれないアラタさん。
道場に向かったであろうアラタさんを妄想してみました。
続きはそのうち・・・
しかしアラタさん描くの難しいです・・・
なぜか耽美系になるよ〜色気を出そうと気負いすぎ?(笑)