夏の忘れ物  第一話 −始まり−


夏期休暇を間近に控えたキャンパス内は活気に満ちていた。
そこかしこで休みの計画が相談されている。
「三洲。」
不意に声をかけられて振り返る。

「よっ。ひさしぶり。」

「赤池。」
なじみの顔が立っていた。
「同じ大学でもなかなか会わないもんだな。今帰りか?」
隣に並んで歩きだす。
「ああ、今日は2・3限だけだからな。キャンパスが一緒でも学部が違うと接点は少ないからね。」
赤池も俺も、同じW大に進学した。
俺は法学部で赤池は経済学部。
「真行寺は元気か?」
それともう一人・・・真行寺が教育学部。
「相変わらずバカみたいに元気だよ。今日は5限までびっちりだとさ。」
「ははは、そうか。」

真行寺が教育学部を受けると言ったときには少し驚いた。
まぁ、ああいう性格だから生徒からも好かれる教師になるだろうが・・・。
「葉山はどうしてる?」
ジュリアードに合格してニューヨークに留学した葉山。
最後にあったのは正月明けだったか。
大変だった英語の生活にも慣れ始めたところだと言っていた。

「2、3日前に電話があったよ。8月こっちに来るとか。」
「ああ。井上佐智のサロンコンサートね。」
去年も確か夏休み中に帰省していたな。
「ギイも一緒に来るらしいからな。みんなで会いたいね。だとさ。」
赤池の声は楽しそうだった。
時間を見つけては連絡を取り合っているらしいが
3年間共に過ごしてきたもっとも親しい友人達が遙か海の彼方で
そうそう会う機会がないのだから寂しさを感じているのかもしれない。
「崎はともかく葉山に会うのは悪くないな。」
「相変わらずだなぁ、三洲は。」
苦笑する赤池ににこりと微笑んだ。



「アラタさん。旅行しましょ。旅行。」
夕食も終わり、ソファーにくつろいで雑誌をめくっていたときだった。
「旅行?」
「そ、旅行。温泉いこ。あ、京都とかもいいなぁ。」
うきうきと話しながら、寝転がって同じく雑誌をめくっている真行寺。
よく観ると旅行情報雑誌。
「お前、わざわざ買ってきたのか?」
「や、ダチのおさがりっス。もう決めたらかいらないって。」
あ、北海道もいいッスよねぇ〜と独り言をつぶやきながら
雑誌に夢中の真行寺。

「旅行ね。それもいいかもしれないな。」
「まじ!?やったね♪」
うれしそうな真行寺に笑みを浮かべる。
最近、真行寺への態度が軟化したような気がする。
詞堂という閉鎖された空間から解放され、環境が変わったことや、1年こいつと離れていたせいだろうか。

粉雪が舞った退寮日。
「アラタさん・・・待っててね。絶対俺、アラタさんの側に行くから。」
そう言って笑って、俺の頬に軽く触れるだけのキスをした。
皮肉の一つも言う前にあいつは粉雪の中を駆けていった。
祠堂に残されるのは真行寺の方なのに、なぜか置いて行かれた気がした。
頬に触れたのは一瞬。それなのに・・・・・

いつまでも残る頬の感触を感じなから、溢れそうになる涙をこらえていた・・・


「ね。アラタさん聞いてる?」
気がつけば真行寺がのぞき込んでいた。
「ああ、すまない。なんだ?」
「旅館とホテルとどっちがいいかって話。ね、どっち?」
「旅館かな。・・・・・いや、ホテルだ。」
旅館ののんびりとした雰囲気も悪くはない。
そう考えたがあることを思い出した。

確か崎と葉山。3年のGWに旅館行ったけど落ち着かなかったっていってたな・・・
確実に浮かれるであろう真行寺の行動に同じ憶測をされるかもしれない。

ホテルなら食事は部屋の外だし従業員と頻繁に会う回数は少ない。
「ちぇ〜ホテルかぁ〜アラタさんの浴衣姿も捨てがたかったんだけどなぁ。
浴衣姿のアラタさん・・・へへへ〜」
「やっぱり行かない。」
ヘラヘラと笑う真行寺の顔に何を想像してるのかが判った。
「え〜それはないっすよ。いこうよ〜ホテルでいいからさ。」
「うるさい。まとわりつくな。」
じゃれつく真行寺を軽くあしらいながら俺は笑った。
「あ、でも俺、夏休みはいってすぐに母親んとこ行かなきゃなんなくなったっすよ。それ終わってからっすね。旅行。」
「何かあったのか?」
両親が離婚した後、真行寺は父親の籍に残った。
どっちも譲らず大変だったらしい。
「や、顔が見たいとかなんとか。1泊だけですけど。」
「せいぜい甘えてこいよ、オコチャマ。」
「俺、もうそんな歳じゃないですよ・・・?」
不服そうに、真行寺は呟いた。





ピンポーン

不意にチャイムが鳴って、休み明けに提出するレポートの手を止めた。
宅急便がくる予定はないし、何かの勧誘だろうか?
立ち上がって壁に取り付けられたインターホンを手に取る。
「はい?」
「僕だよ。家にいてくれて良かった。」
「赤池?」
突然の来訪。何かあったんだろか?
俺は玄関に向かいドアの鍵を開ける。
「わるいな、突然で。近くまでくる用事があったからついでにこれも持ってきた。」
赤池の手には2枚のCD。

「ああ、わざわざ持ってきてくれたのか。あがれよ。」
以前聞いてみたいと話していたCD。
「途中で連絡しようと思ったんだけど、間が悪いことに携帯忘れてきてね。」
「鬼の元風紀委員長でもそういうポカをするんだな。アイスコーヒーでいいんだろ?」
冷蔵庫から紙パックを取りだしてグラスに注ぐ。
リビングへ戻ると赤池はテーブルの上に広げていたテキストに目を落としていた。

「法学ってのもおもしろそうだなぁ。」
「赤池も学力的には全然問題なかったろうに。」
「僕は普通にサラリーマンになりたいんだよ。」
「野心が無いねぇ。」
テーブルに広がっているテキストやノートを簡単にまとめて片づける。
「あれ?真行寺は?」
「真行寺は母親のとこ。夜には戻るよ。」
「へぇ〜じゃぁ、僕は旦那の留守中に転がり込む間男状態か?」
「おや、赤池がそう言う冗談を言うとはね。」
「ホント、こういう冗談は嫌いだったはずなんだけどね。」

肩をすくめる赤池。祠堂の3年間を最後までノーマルで通した赤池。
陰ながら思いを寄せていた学生だって少なくはなかった。
「人生勉強もかねてあっても良かったんじゃないのか?何事も経験だよ赤池?」
意地悪くそう言ってやった。
「カンベンしてくれ。男に言い寄られるなんてまっぴらだ。」
心底嫌がる赤池。

「冗談だよ。そこまで嫌がらなくてもいいじゃないか。」
おかしくて笑いがこみ上げてくる。
2年の始め、柴田先輩といい雰囲気だったじゃないか・・・
そう言ってやりたかったけどやめておいた。
「時間があるなら夕飯食べていくか?真行寺も赤池に会いたがってたしな。」
「それじゃぁ、お呼ばれしますか。一人の食事も飽きた頃だ。」

プルルルル〜
「悪いな。」
俺は一言告げて電話へ向かう。
「もしもし?」
「真行寺兼光さんのお宅ですか?」
「・・・そうですけど。」
若い女の声。声の向こう側は少しざわついている。
何かの勧誘か?
「こちら、三芳総合病院と申します。実は兼光さんのことでお電話したのですが・・」
病院・・・?
「実は・・・・」

・・・・・・なんだって・・・・・・・?

「・・・・判りました。そちらに向かいます・・・・・。」

・・・・・・一体・・・どうして?

頭の中で女のいったセリフがグルグルと回る。
すぐには信じられなくて、電話をいつ切ったのかもうろ覚え。

「・・・三洲?どうかしたのか?」

赤池の心配そうな声に我に返った。

「三洲。顔色が悪いぞ?何があったんだ??」

何があった?俺にだってよくわからない。
それに、言葉に出すのが怖くて・・・・

「三洲!」
「・・・・真行事が・・・・事故にあったって・・・」
「え?」
「意識不明だって・・・・病院から・・・・」
「なんだって!?」

 『アラタさん!帰ってきたら旅行ですからね!』

ずっと・・・真行寺の声が響いていた・・・・・・
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さりげに章三でばっていたり・・・(笑)
1話から不幸な予感ですね・・・・最初考えた1話のタイトルは「日常」
でもラストが日常??ということで普通になっちゃいました。