夏の忘れ物  第二話 −泣き声−


大学が夏期休暇に入って3日目。
俺は母さんに会いに行くために山梨へと向かった。
母さんは嬉しそうに迎えてくれた。
俺を引き取ると、最後の最後まで譲らなかった両親。
結局俺は父さんの元に残ったけど、会いたい時に会ってもいいと
渋る父さんを説得して、母さんとは年に数回会うようになった。
そうでもいわないと、本当に泥沼になるような気がしたから。

父も母も嫌いじゃない。
入試の前日まで喧嘩するような事もあったけど
今となっては、そのおかげでアラタさんに出会えたようなものだから
少し、感謝しているかもしれない。
何事もなく祠堂に通うようになったら今頃どうなっていたんだろう。
普通に卒業して、普通に大学に通って・・・そんな生活を送っていたのだろうか。
それともやっぱりアラタさんに恋していたのだろうか。
変わらず、あの人に惹かれていただろうか・・・・
でもきっと今のようにはなっていなかったかもしれない。

夕飯は、母が作ってくれた。
どこかに食べに行こうときかれて、家で食べたいといった。
久々に食べるお袋の味っていうやつ?
そんなに料理は上手だと思ったことはなかったけど
なんだか妙にうまく感じた。
ん〜おれ、アラタさんがいうようにやっぱりおこちゃま?
大学のこと、バイトのこと、とりとめのない話をした。
「三洲さんはお元気?」
「アラタさん?元気だよ。」
「ご迷惑おかけしてない?あなた大雑把だから心配で。」

詞堂を卒業して、先輩と一緒に住むと話した時父は反対した。
せっかく手元に置いたのにと言っていたけど無理矢理説得して。
逆に母さんは喜んでいたな・・・父さんのそばじゃないから
俺に連絡をするのもそんなに気負いせずにすむからだろうか。
「三洲さんはしっかりしてるから、安心してお任せできるんだけど・・・」
一度だけ、アラタさんと会ったことのある母さん。
長い間ではなかったけど、アラタさんはああいう人だから、かあさんはすっかりお気に入りらしい。
「三洲さんによろしくね。」

俺とアラタさんがそう言う関係だって知ったらビックリするだろうなぁ。
などと、ぼんやり考えながら帰りのバスに揺られる。
電車もあるのだけれど、乗り換えが面倒なのでそのままバスで
大きな駅へと向かうことにした。
バスの席は1/3ほど埋まっていた。
小さい子供がきゃっきゃと声を弾ませながら窓の外を見ている。
お年寄りが気持ちよさそうに居眠り。
なんだかほのぼのした光景だ。
東京に帰れば今度はアラタさんと旅行。夏の軽井沢。
初めてのアラタさんとの旅行に心はうきうきだった。


ふと、周りを見渡してあることに気がついた。

・・・このバス、スピード出過ぎじゃないのか?

小さな峠の下り道。
通る車は殆どないけれど、これから先緩やかだとはいえカーブの続く山道を
走行するスピードじゃない。
それに気がついたのか乗客もすこし落ちつかなげだ。
「ちょっと。出し過ぎじゃないの?」
一人の女の人が運転手に声をかける。
その声で、運転席へと目がいく。
バックミラー越しに見えた運転手の顔は焦りの色が見えた。

「・・・ブレーキが・・・・・効かない!!」

「なっ!?」
一瞬で騒然となる車内。
「ちゃんと座ってしっかり物に掴まって!」
俺はとっさにそう叫んで運転席の方へと向かった。
「サイドブレーキは?」
「引いてる!」
「俺、手伝います。サイドブレーキ引きますから、運転手さんはハンドルしっかり握ってください。」
「わかった・・・頼む・・・ゆっくりとな。」
おれは運転手から、サイドブレーキを代わる。

一気には引けない。ゆっくりゆっくりと速度似合わせて引いていく。
こういう時はゆっくり引いていくのだと教習所で教わった。
握る手が緊張のためか汗ばんでくる。
何でこんな事になったんだろう・・・・
いろいろ考えることはあったけれどとにかく今はバスを止めることに集中した。
左手は崖。そんなに深くはなさそうだけど落ちれば無傷ではいられない。
断面の壁に車体をぶつけて止めるには直線でなければ対向車が衝突してしまう。
緊張した時間が続くなか、何度目かのカーブを何とかやり過ごした。
緩やかなカーブと、対向車のいないおかげでなんとか40kmまで速度を落とした。
せめて30までは落としたい。
そんな時だった。少し急になったカーブの手前、突然対向車が目の前に飛び込んできた。
運転手は咄嗟にハンドルを切った・・・・
条件反射みたいなもの。内側に寄ったバスと、大きく回り込んできた対向車。
運悪くそのカーブにはミラーはついていなかった・・・

激しい衝撃と音。
必死に側のポールにしがみつく。

崖を転がり落ちている・・・・

アラタさん・・・アラタさん・・・・アラタさん!

何度も何度も心の中で繰り返す。
ここで死んでしまうのだろうか?
帰ればアラタさんとの旅行が待っていた。
一緒にやりたいことも、してあげたいこともまだまだたくさんあった。
まだ俺は、死にたくない!

俺は・・・アラタさんの所に帰るんだ!

たいした時間ではなかったろうけど、時間がゆっくりと経過しているみたいだった。



ほこりっぽさで気がつく。
全身に痛みがある。
足は何かに挟まれているのかぴくりとも動かせなかった。
ああ・・・生きてる・・・それともこれから死んでいくのだろうか・・・
なんだか頭がぼうっとしてうまく意識が保てない。
このまま死ぬんだろうか・・・・アノヒトをのこして・・・
遠くで声が聞こえた。男の子の泣き声だ。
弱々しい、微かな泣き声。
不意にアノヒトが泣いているような気分になる。

一度も見たことのないあの人の涙・・・・

俺が死んだら・・・アノヒトは俺のために泣いてくれるだろうか・・・

俺のために流される涙・・・

ああ、それでも、アノヒトを泣かせたくはない・・・・

ナカナイデ・・・・ズットソバニイルカラ・・・・

目を閉じた暗闇に浮かぶアノヒトにむかって手を伸ばす。

たとえここで死んだとしても、ずっとあなたのそばにいるから・・・

だから・・・・泣かないで・・・・・・

そこで意識は途切れた。


                                                                        
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さてさて、真行寺危機一髪!ですよぉ〜
はじめは飛行機落とそうかと思ったんですがあんまりなのでバスで・・・
免許無いので車のことよくわからなくて結構めちゃくちゃなことになってますT−T