夏の忘れ物  第三話 −涙−


「・・・・もう・・・だれだよ・・・・」
突然鳴り出した携帯。
時計を見れば午前4時。
ベットの脇のサイドボードから携帯電話を取る。
「・・・勘弁してよね・・・あれ?赤池君。」
携帯のディスプレイに表示された名前。

「もしもし〜赤池君??」
「あ、葉山か。」
「あのね・・・いったい何時だと思ってるんだい?いくら何でも早すぎだよ。」
夕べは寝るのが遅かったのだ。ゆっくり寝たかったのに。
文句の一つや二つ位言ってやらないと気が済まない。
隣を見れば一緒におこされたらしいギイが時計に目をやっている。

「ちょっとこっちでアクシデントがあってさ。悪いとは思ったんだけど。」
アクシデント?いったい何があったんだろうか。
こんな時間にたたき起こされたんだ。ちょっとどころじゃない事態が起きてるんじゃないのか?
「どういう事?」
少しずつ頭が動き始めたのか、章三の声が緊張してることに気がついた。
「真行寺が事故で意識不明らしい。」

え?なんだって?!

「意識不明ってそんなに悪いの?」
「これから病院に向かうところだから、詳しいとこまではわからないが、乗ってたバスが事故ったらしい。」
「わかったよ、僕も朝一でそっちにむかうから。」
真行寺が意識不明?どうしてそんなことに?
三洲はどうしているだろうかと気になって訪ねてみる。
「一緒にいるよ。さすがにはじめはショックだったみたいだけど今は落ち着いてる。」
「そうか・・・早ければ明日の夕方にはつけると思う。それまで三洲君のこともお願いね。」
「分かってるよ。病院の住所と電話番号言うから。」
サイドボードに常駐しているペンとメモ帳を手に取る。
「えっと・・・・うん。いいよ。」
病院の場所を確認して電話を切った。

漠然とした不安を抱えて身震いする。
底抜けに明るい真行寺の笑顔が頭をよぎる。
「・・・章三・・・なんだって?」
少し不機嫌そうな声で隣で寝ていたギィがきいてきた。
それでも僕の様子からただならぬ事態が起きたのだろうと予想している様子だ。

「真行寺君が事故にあって意識不明だって。」
驚くギィの顔。
「真行寺が?何だってそんなことに・・・」
「乗ってたバスが事故とか・・・詳しくは分からないんだけど・・」
「行くのか?」
ギィは体をおこすと、僕を抱き寄せた。
「うん。真行寺君も心配だけど、三須君も心配で・・・」

普段は適当な扱いをする三洲も、ちゃんと真行寺を大事に思っているのだ。
そう言う感情をなかなか表には出さない三洲。
きっと、今無理をしているだろうと言うことくらい、僕にだって想像は簡単だ。

「しかたないな。朝一番に間に合うように島岡に送らせるよ。」
「いいよ。一人で平気。」
島岡さんだって仕事がある。こっちで生活するようになってから改めて
本当に忙しい人だなと思った。
ギイならともかく、僕ごときの用事でお世話になるなんて申し訳ない。

「島岡の今日の仕事は俺の付き添いだ。俺一人でも平気な用事だしな。」
暖かいギイの腕の中。
ああ、そうか。ギイも二人のことが心配なんだ。
日本に行けないその分、僕に出来るだけのことをしようと考えたんだ。
うん、わかったよギイ・・・
「・・・じゃ、お願いするよ。ありがとう、ギイ。」
島岡さんにも、ちゃんとお礼を言っておこう。
「どういたしまして。」
軽く交わされるキス。

ギイのぬくもりに包まれても、不安は消えなかった・・・・




ひんやりとした、静かな廊下で堅いソファーに腰かける。
不気味なほどに静まりかえった空間。
妙に落ち着かない。

全身打撲と肋骨に2本の骨折と足に軽いヒビ。
内臓などへの損傷は今のところ見受けられない。との医者の診断。
意識はまだ戻ってはいないが命には別状はないとのことに一気に安堵した。

ブレーキの利かなくなったバスが崖下へと転落したらしい。
詳しいことは調査中。2人が亡くなったらしい・・・

真行寺の両親の元へそれぞれ連絡をしたが外出中なのか連絡は付かなかった。
「失態だな。」
ぽそりとつぶやく。
自分自身、あんなに狼狽するとは思わなかった。
赤池も驚いただろう。
「目を離すと危なっかしい。」と笑って一緒に病院までついてきた。

いつもテレビで流れる事故のニュース。
何の気なしに聞いていた事が身近で起きるとは思わなかった。

「ほら、三洲。」
いつの間に戻っていたのか赤池がミルクティーの缶を手渡す。
「悪いな。」
すまなさそうにつぶやいて受け取る。
「検査の方まだ続くみたいだ。終わったら病室に移動だって。」
隣に腰掛け、缶コーヒーを開ける。
「今のうちに休んでおけよ。明日の方が忙しいだろう。」
「すまないな、赤池。関係ないのに巻き込んで・・・」
「関係なくはないよ。真行寺は後輩だし、三洲はオトモダチだ。それに巻き込まれるのは慣れてるさ。」

おどけて笑う赤池に少しほっとした。
「赤池はいろいろと損する性格だな。」
「僕もそう思うよ。不本意ながらね。」
二人で小さく笑い会う。
「冗談抜きで休んでこいよ。真行寺が目を覚ましたらたっぷり皮肉を言ってやるんだろう?
空いてる病室使わせてくれるって看護婦さんが言ってたからさ。」
「・・・寝れそうにはないけど、そうした方が良さそうだ。」
明日になれば事故の調査だとか検査の結果だとかいろいろと手続きもある。
真行寺の両親がくれば一度着替えとかとりに家へ戻ることになる。
側にいたいのはやまやまなれど、張りつめていた気が一気に抜けたのか体はだるかった。
俺はゆっくりと立ち上がるとナースセンターへ向かって歩き出した。



閉じた瞼の裏にあいつの馬鹿に明るい笑顔が浮かぶ。

『軽井沢と言ったらテニスですよね!やりましょうね、アラタさん。』
『お前の発想はどうしてそう貧困なんだ・・・・』
『ええーー普通ですよぉ。じゃぁ、アラタさんは何を連想するんですか?』
『・・・軽井沢ねぇ・・・奥村清治郎かな。』
『・・・・なんとかっていう不動産の社長でしたっけ?・・・なんで・・・・』
『軽井沢の所有別荘数は11。そんなに持ってどうするんだろうな・・・』
『・・・アラタさん・・・それ普通の発想じゃないですよ・・・・』
『お前が無知なんだよ。』
『いや。絶対一般の発想じゃないですよ』
『そうか?』
『とにかくテニスはしましょうね。』


旅行なんて・・・いけないじゃないか・・・
あんなに楽しみにしてたのにな、真行寺。
俺も・・・悪くないって・・・それもいいなと素直に思えたのに。
ああ・・・ホテルもキャンセルしなきゃいけないな・・・
ホントにお前は・・・どこまで馬鹿なんだよ・・・・

「覚悟しとけよ、バカ真行寺・・・・。」

声に出してつぶやくと・・・同時に涙が溢れてきた・・・
「おかしいな・・・何で・・・涙なんか・・・」
泣くのなんて久しぶりだと思った。泣きたくなったことはあるけれど・・・
なんで泣いてるんだろう・・・・・・

ああ、そうか。安堵の涙か・・・・

ひどい怪我だったとしても・・・それでもあいつは生きている・・・
失わなくてすんだんだ・・・

「なんでお前に泣かされなきゃいけなんだよ・・・・」

体を反転させて枕に顔を埋める。

「バカ兼光・・・・」

溢れる涙を、止めようとは思わなかった・・・・


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相変わらずタクミには甘々なギイくん(笑)
何とか無事だった真行寺。良かったね、アラタさん。
アラタさんはどんな皮肉を言うのでしょうか・・・・