夏の忘れ物  第四話 −失った物−




・・・・ナンデナイテルノ・・・・・?


暗い闇に閉ざされた視界。微かに聞こえてくる子供の泣き声。


・・・・ドウシテナイテルノ・・・・?


胸が苦しくなる。暗闇の中にうっすらと小さな背中。
変わらず聞こえてくるか細い鳴き声。


ゆっくりと手を伸ばす。


・・・・ナカナイデヨ・・・・・・・

すごく切なくて・・・・


・・・・モウ・・・ナクナヨ・・・

俺まで泣きたくなっちゃうよ・・・・


後ろからそっと抱きしめる。それでも泣いたまま・・・


・・・・ほら・・・側にいてやるらさ・・・


抱きしめる腕に力を込める。


ダカラ・・・・


モウ・・・ナクナヨ・・・・





体が重い。
どうしたんだろうか・・・あちこちが痛い。
誰かの話し声がする・・・
ゆっくりと瞼を開ける。
「・・・・うっ」
真っ白い光がまぶしくてなかなか瞼があがらない。

「真行寺くん、気がついた・・・?」
誰かに呼ばれる。
聞いたことのある声。誰だっけ・・・?
まぶしくて手で遮ろうと動かす。
「・・・イタッ・・・」
痛くて腕が上がらない。
「だめだよ、無理に動いたら。」
優しい声。ああ、そうだ、この声は・・・・
「・・・葉山サン・・・?」
でもどうして?だって葉山サンはアメリカに・・・・それとも今までのは全部夢で、俺はまだ祠堂にいるのだろうか。

何とか目を開けてぼんやりとした視界の中、あたりを見渡す。
白い壁に白いカーテン。
心配そうな顔でのぞき込む葉山サンの顔。
・・・本物だ・・・。
「丸2日も寝たまんまだったんだよ。」
「目が覚めてよかったよ。」

・・・・赤池先輩まで?

赤池先輩は枕元の何かを手に取った。
『どうしました?』
頭の上の方から声が聞こえてきた。
「目を覚ましたみたいなんですけど。」
『分かりました。すぐお伺いしますね』
・・・ナースコール?病院?
ああ、そうか。バスの事故で・・・・生きてたんだ・・・・俺。
体中の痛みの意味が理解できた。他の人はどうなったんだろうか・・・

「連絡もらってすぐこっちに来たんだ。みんな心配してたんだよ。」
ほほえみかける葉山サン。
変わらないその柔らかな空気に心が和む。
「そうそう。ビックリしたよ。なぁ、三洲?」
赤池先輩がそう言って少し離れた場所に目を向ける。

・・・・みす・・・・?

「まったく。どこまで人に迷惑かければ気が済むんだ?お前は。」
冷たい目を向けられて思わず身がすくんだ。
「三洲くん。またそんなこと言って。素直に喜べばいいのに。」
あきれた様子でつぶやく葉山サン。

葉山サン・・・?

「相変わらず屈折してるなぁ、三洲は。あんなに心配してたくせにさ。」
「赤池。」

赤池先輩・・・・?

「どうしたの?真行寺君。」
とまどっている俺に葉山サンが声をかける。

どうしたのって・・・だって・・・・・


「・・・・誰・・・ですか・・・?」


「真行寺君?」

「えっと・・・・」

葉山サンと赤池先輩と・・・・


「みすって・・・・・だれですか・・・?」

その人は、大きく目を見開いて俺を凝視している。


「真行寺君!?」


俺の知らないもう一人が病室にいた・・・・





「何言ってるんだよ、真行寺くん!」
驚いた葉山の声。

・・・誰を知らないって・・・?


「三洲くん本当に心配してたんだよ?こんな時にそう言う冗談は・・・」
「え・・・でも・・冗談じゃ・・・無いッスよ?」
困惑した真行寺の声。


・・・・俺のことを・・・知らない?


何か冷たい物が体の中を降りていく。


「本当に分からないのか?三洲のこと。」
「君の大好きな三洲くんだよ?真行寺君。」
「・・・俺の・・・・?」
不思議そうに俺に視線を向ける真行寺。
「真行寺。俺たちのことは分かるんだろう?三洲のことだけ分からないのか?」
「赤池先輩と・・・葉山サンとは分かります。けど・・・あの・・・・みす・・・さん?のことは・・・全然・・・・」
赤池と俺を交互に見ながらおどおどと答える。

「あんだけまとわりついておきながら、実は記憶から消し去りたいほど、俺のことが嫌だったわけか?お前は。」
冷たい視線を向けて、そう言い放つ。
「三洲くん!」
「兼光!」
勢いよくドアが開いて葉山の台詞に被さるように聞き覚えのある声がした。
「母さん。」
反射的にドアへ目を向けて驚いたように真行寺はつぶやく。
葉山と赤池はベットの側から静かに離れた。
続いて医者や看護婦が数人。その後に父親が入ってくる。
「よかった。よかった・・・・」
泣きながらベットの上の真行寺にすがる母親。
俺たちはその鳴き声を背に病室を出た。


「真行寺君・・・冗談言ってるようには見えなかったよね・・・?」
賑やかな談話室の一角。
そこだけ空気は重苦しかった。
「こういう時にああいう冗談言う奴じゃないだろう。」
赤池が空になった紙コップをもてあそぶ。
「でも・・・三洲君のことだけ忘れてるなんておかしいよ。普通は名前とか全部記憶なくしちゃう物だろ?」
「葉山は確かそうだったよなぁ。」
「うん。」

葉山と赤池の会話をただ無言で聞き流す。
あれからろくに口を開いていないなと気がつく。

俺を知らないと言った真行寺。
どうやら演技ではないその反応に二人は戸惑っている。
大慌てだった葉山と赤池とは反対に、以外にも冷静な自分がいる。
夏だというのに俺の肌は冷たい空気のような感触を感じていた。
その冷たさが感情の起伏を押さえつけているかのようだ。

事故の知らせを聞いたときは、あんなに動揺していたのに。
仮にも自分が・・・『知らない人』と言われた本人のくせに・・・

「・・・三洲くん。本当に大丈夫?」
隣の葉山がのぞき込む。
「大丈夫だよ。怒りを通り越してあきれてるのさ。」
肩をすくめてみせる。
「さっきから全然話してないし、無理・・・しなくていいよ?」
相変わらずな葉山。お節介というか人を放っておけないと言うか。
「無理はしてないよ。実感がわかない。不思議なもんだな。」
これは嘘じゃない。
「そう冷静に分析されても・・・・」

「そう。俺は今あいつが思いだした時にどういじめてやろうか考え中なんだ。」
にこりと笑う。

「うわ・・・真行寺本当に災難だな・・・」
「あの・・・あまりひどいことは・・・しないであげてね?」
「三洲は容赦ないからなぁ・・・・」
「おや。そんなことはないよ。もちろん優しくしてあげるつもりさ。」
つぶやいた赤池にそう答える。
二人はため息をついていた。。



突然開いたドアから入ってきた母さん。
泣きながら何度も何度も謝った。
別に事故が起きたのは母さんのせいじゃないのに。

「身体の様子はどうかな。痛みの他に吐き気とかそう言うことは?」
「あ、身体はあちこち痛いですけど・・・吐き気とかはないです。」
聞けば肋骨や足をを骨折しているとか。
「簡単に検査してみたけど、今のところ内臓には問題ないみたいだから。
一応様子を見て食事は明日の朝から軽い物をね。」
サラサラとバインダーにはさめたカルテ(?)に書き込んでいく。
「骨くらいですんでよかった・・・」
ため息混じりに父さんが言う。
「骨くらいでって、なんて事言うの?これだけのけがをすれば十分じゃないの!」
即座に母さんが反応する。
「亡くなった人もいたらしいじゃないか。下手をすれば兼光が死んでいたかもしれないんだぞ?」
「そんな恐ろしい事言わないでちょうだい!」

はぁ・・・離れて暮らしていてもやはり顔を合わせるとこういう事になるのだろうか・・・・・
こっちの事情はお構いなしに。だもんな。
なぜ家を離れたがっていたのかなんて、全然分かってないんだろうな・・・

ため息をつきながらさっきのことを思い出す。
あの、自分を冷たい目で見ていた「みす」と言う人物。
葉山サンと赤池先輩の態度から察するに、俺はあの人のことを知っているはず
何だけど・・・どうしても、思い出せない。
自分のことも、父さんと母さんのこともちゃんと覚えているのに
自分では変わった事なんて全然無いつもりなのだけど・・・

「第一、お前の所に行かなければこんな事にはならなかったんだ。」
「それはっ!そうかもしれないけれど・・・でも、兼光は私が産んだ子ですよ?顔ぐらい見たっていいじゃないですか!」

放っておけば延々と続きそうな口論。
はぁ・・・頭が痛くなってきた・・・

「お父さんも、お母さんも。ご心配なのは分かりますが、兼光くんは目を覚ましたばかりですから、そんなに病室で騒いだりしては身体に触りますよ。少し席を外してもらえますか?検診もすぐに終わりますから、その後でゆっくりとお話しなさってください。」
医師がやんわりとした口調で退室を促す。

言い合いが収まり、二人は名残惜しげに俺を見て病室から出ていった。

「・・・すいません。」
小さな声で謝る。
「いえいえ。ほんとに心配なさってましたからね。気が抜けたんでしょう。」
にこりと微笑まれる。
「さて。血圧も正常だし、問題はなさそうだね。何か聞きたいことはあるかい?」
血圧の測定器を側に立っていた看護婦に渡す。
「亡くなった方・・・いたんですか?」
「ん?そうだね、二人ほどね。高齢の方だったからどうしても身体が弱くなってしまってるから。そのほかに方は木が衝撃をある程度和らげてくれたおかげか無事ですよ。」
「そうですか・・・」
はしゃいでいた子供達も大丈夫だったんだ・・・
気を失う直前に聞こえた子供の泣き声を思い出した。

・・・・・泣き声・・・・?


「他にはなにかあるかい?」
「あのっ。記憶喪失って・・・何かの事だけとか、誰かのことだけ忘れるって、
そう言うことあるんですか?」

葉山サンにも赤池先輩にも、からかわれてるっていう感じは受けなかった・・・
さっきのことを思い出して、尋ねてみる。

「そうだな・・・症状や要因はいくつかあるからね。精神的なことで思い出したくないとかそう言う強い思いで、自分に暗示をかけてしまったりね。事件とかで辛い目にあった人は、その記憶を思い出したくないって言う防衛本能みたいなのが働いて忘れてしまうことはあるよ。」
「はあ・・・そう・・・ですか・・・。」
「なにか・・・そう言う症状があるのかい?事故の時のことよく思い出せないの?」
「いや・・・そう言うんじゃなくて・・・ある一人の事だけ、判らないって言うか・・・・。」

頭に浮かぶあの冷たい目。

「さっきの友達のことかい?」
「・・・はい・・・その中の一人だけ・・・俺、知ってるらしいんですけど・・・」
信じられないと語っていた葉山サンと赤池先輩の目。
「時間がたてば思い出すこともあるけれど・・・判ったよ。その辺はもっと詳しい先生に話をしておこう。」
すこし、間が空いてそう答える。
「すいません・・・」
「あまり、思い詰めないようにね。焦ると何事もうまくいかないものだ。それじゃぁ、また後で来るから。何かあったらナースコールして。」
「あ、はい・・・・・」

そう言って部屋を出ていく医師や看護婦達を目で追う。
ドアが閉められて静まりかえる部屋。


なんだか・・・いろいろなことがいっぺんに起こって疲れてしまった。
怪我をした体が休息を要求しているんだろうか・・・
突然の眠気に襲われておれはゆっくりと目を閉じた・・・





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あ・・あえてコメントはさけることに・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・うわああああん・・・・(ノД´)ノ