夏の忘れ物  第五話 −切なさ−



「おじゃましまーす。」
「荷物その辺においてくれていいよ。」
「あ、うん。思ったより広いんだね・・・・。」

葉山は部屋の中を見渡してため息をついた。
「家賃高くない?」
「そうでもないよ?葉山、ニューヨークの部屋はもっと広いんだろう?崎と一緒なんだし。本当にそう言うところは変わらないな。」
「どうせ僕は庶民中の庶民ですよ。」
ふいと葉山がすねる。

「そう高くない理由。教えてやろうか?」
ソファーに腰掛けて葉山を見やる。
「え?なに?」
不思議そうに訪ねる葉山。

「ここ・・・出るんだ・・・」

1トーン声を落としてゆっくりと。
「・・・・で・・・でるって・・・・なに?」
途端に顔色が変わる。
「昔、この部屋で自殺し・・・」
「ぼ、僕やっぱり赤池君のところに泊まる!」
今にも泣き出しそうな顔で、声をうわずらせて葉山はさけんだ。
可笑しくて可笑しくて思いっきり笑ってしまう。
「な、なんだよ!」

青くなったかと思えば今度は赤くなる。
「いや・・・予想通りの反応だったから・・・あはは。」
「そんなに笑うこと無いだろう?」
「悪い、悪い。あーっと、嘘だから。安心して。」
「ひどいよ三洲くん。僕がそう言う話し苦手なの分かってて。」
嘘だと聞いてあからさまにほっとする。

「もう、みんなでそうやって僕で遊ぶんだからなぁ・・・」
ぶつぶつと独り言をつぶやきながら向かい側のソファーにすわる。
「あはは、悪い悪い、葉山を見てるとどうもいじめたくなってね。」
「・・・みなさんそうおっしゃいますよ。」
「だから悪かったって。」
「全然そう思ってるようには見えないよ?」
不振そうな目。
「はは、そんなことはないよ。あ、葉山。いつまでこっちにいるんだ?」
「2週間かな。佐智さんのサロンコンサートまでこのまま日本にいようと思って。」思ったよりくる予定が早まったけどねと笑う。
「悪かったな。無理させて。なんだか崎には恨まれそうだ。」
「ギイも心配してたよ。俺に出来ることなら力になるからって伝えてくれって言ってたけど。」

へぇ・・・崎がねぇ・・・

「そうか。しかし今回ばかりは崎に力の借りようがないな。残念、たまった借りを返してもらい損ねた。」
「三洲くん・・・僕も出来るだけ力になるよ。ギイへの借りは僕への借りも同然だもんね。」
柔らかい微笑みを浮かべて、葉山はそういった。




「葉山、こっちのベット使っていいから。」
案内された三洲の部屋。
きちんと整頓されていて、すっきりとした雰囲気が三洲らしい。
窓側に配置された少し大きめのベット。
「え?でも僕がこのベット使ったら三洲君は・・」
「俺はソファーで寝るよ。」
「だめだよそんなの。僕ソファーでいいよ。」

部屋の主を追い出して僕がベット使う訳にいかないじゃないか。

気を遣ってくれるのはよく分かるし、僕が三洲の立場でも同じ事を言っただろうけど・・・
「まいったね。葉山は言いだしたら譲らないからな。あいにく家にはベットは一つしかないんだ。」
客が泊まることもそう無いから客用の寝具も用意してないしね。
三洲はそういって肩をすくめる。

「二人ともソファーで寝るか、ベットで寝るかしかないね。葉山。俺と一緒に寝る?」

「え?」

にやりと意地悪く笑う三洲。
一緒にって・・・
思わず身構えてしまった僕。
「はは、そんなに怯えなくても。」
「・・・三洲君・・・」
いや・・・そりゃ、僕と三洲くんで何かあるって訳じゃないけど
そうやって含みのある笑顔で言われると・・・

はっ。待てよ?
ベットが一つしかないって事は・・・・三洲と真行寺って一緒に寝てたんだよね・・・・・・・・いや・・・今更なんだけど・・・・だからベットがセミダブルなのか・・・
いったん気がついてしまうとなにやら恥ずかしい物がある。
うわ、顔が赤くなるよ・・・

「わかった。それじゃぁ、俺はベットで。葉山はソファー。これでいい?」
くすくすと笑いながら三洲は言った。
「うん。そうしてくれるとありがたいな。」
「じゃ、これ使って。」
手渡された薄手の掛け布団。
「ありがとう。おやすみ、三洲くん。」
笑いかけて部屋を出た。


明かりを落としたリビング。
飛行機の疲れもあるのだけれど、なかなか睡魔は来てくれない。
おかげでいろいろと考えてしまう。

本当は章三の部屋に泊まろうかと考えていたけど


僕の時は・・・名前も・・・全部。
ギイのこともきれいに忘れてた。あの時のこと思い出すとすごくつらい。
彼の側にいたがらなかった僕を、ギイは一体どんな思いで見つめていたんだろうか。
あのクジラを見上げていたギイのまなざしが、痛いほど胸に残っている。
明るく、笑って見せていたギイ。
今の三洲の笑顔は・・・どこかあの時のギイと重なる。

どうしたらいいのだろうか・・・きっかけがあれば思い出すことはできると思う。
あんなに三洲を大好きだった真行寺が三洲を忘れてしまうだなんて・・・
真行寺にとって一番大事であろう三洲への想い。
どうしてこんな事になってしまったんだろう・・・
三洲。いまなにを考えてる?
大事な人から自分の記憶がなくなる・・・しかも自分のことだけが。

もし、ギイがボクのことだけを忘れてしまったら・・・?
自分だけに向けられていたあの優しい眼差しが、ある日突然、他人を見る眼に変わる。
・・・なんて・・・恐ろしいんだろう・・・
あの3年の春。あの時の想いが思い出される。
あの時は・・・ギイはボクの存在をそれでもちゃんと判っていた・・・
それでもあんなに辛かったのに・・・・
ボクにはとても耐えられそうにない・・・・
ギイが全くの他人として僕に接することなんて・・・
三洲は今・・・そんな想いを抱えているのか・・・


自分のことではないけど・・・辛くて、切なくて涙がこぼれた。






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タクミくんアラタさんと真行寺の愛の巣へ突撃です(笑)
アラタさんの部屋って無駄のない家具の配置してそうですよね・・・
雑誌を読んだままほっぽりだす真行寺に怒るアラタさん・・・・ラブラブやん(´Д`;

あーでも章三の部屋の方がすげー無駄なさそうですな(笑)
CDとかDVDが整然と並べられていたりして・・・・ああ・・・見習いたいT−T