夏の忘れ物  第六話 −消えた想い−



事故から4日目。
まだ痛みはあるけれど、少し動くようになった腕で昼食をとった。
ちょっとした怪我で通院したことはあったけど入院は初めての経験だ。
箸を使わなくても、スプーンで食べられるようにと作られた食事は
薄味で、あまり食べ応えがなかった。

食後にうとうとしていたら葉山サンが来てくれた。
小降りの花束を抱えてやってきた葉山サン。
「なんだか花買うって慣れないから恥ずかしいね。」
そう言った葉山サンだけど、選んでくれた花は落ち着いた感じで見ていて気持ちよかった。
そういえば葉山サンって園芸部員じゃないけど温室に入り浸ってたもんな・・・
バイオリンを弾きに行くと言うより、園芸部の活動の後でバイオリンを弾いていたっていう印象がある。


「事故で記憶の引き出しが入れ替わっちゃったんだろうね。きみにとって一番大事な記憶が一番奥の方に行っちゃったんだと思うよ。」
ベットわきに設置されている丸椅子に腰掛けて、葉山サンはつぶやいた。
「はぁ・・・・・」
「三洲くんは3年の時の僕の同室者で、生徒会長だったんだよ。」

葉山サンの同室者なら・・・覚えていたっておかしくない・・・
まして生徒会長なんて目立つ役職。顔を知ってて当たり前だ。
やっぱり・・・みんなが言うとおり忘れてしまったんだ・・・
葉山サンの同室者。何度も部屋で会ってるはず・・・
思い出そうとしてもいたことは思い出せたが顔ははっきりと思い出せない。
どんな声で、どんな性格で・・・全く思い出せなかった。

「真行寺くんと三洲くんの出会いは知らないけど、僕と知り合ったのだって、三洲くんと同室になったからだし。僕とどうやって出会ったか考えてごらんよ。」
葉山サンと最初にあったときのこと・・・・
葉山サンがバイオリンを弾いてる温室に、よく通っていたことは覚えている・・・
大橋先生と・・・黒いネコ。リンリン。
あの温室で過ごす時間は俺にとってすごく楽しい時間で・・・
リンリン・・・・始め温室にいたネコは3匹・・・

「ネコで。温室に行ったらネコがいて、それで葉山サンに会ったんすよね?俺と、葉山サンと、えーと右近緑っていう1年生と3人で里親探しにいったんすよね。」
ゆっくりと、苦しくない程度に話す。
深く息を吸い込んだり、大きな声を出すと痛みがあるから。
「ん・・・それをきっかけで親密度は上がったけどね・・・それ以前に、入寮日に会ってるよ。」
「うーん。はずれっすか・・・俺、昨日からずっと考えてたんすよ。祠堂での事とか、卒業してからの事って所々空白だったりぼやけた感じだったり。」
つい最近のことなのに・・・なぜかあまり記憶している事柄が少ない。
なんだかすっきりしない。
「きっとその空白の部分は三洲くんとの思い出なんだね。」
葉山サンは優しく微笑んでくれた。

いくら思い出そうとしても、手応えがない。


「それで・・・その・・・俺と、みすサンって・・・恋人って言うか・・・そういう関係だったって葉山サン言ってましたよね・・・?」
初めて聞かされたときはホントにびっくりして、さらりとそのまま聞き返すことも忘れてしまった。

「三洲くんは恋人なんかじゃないって言ってたけどね。真行寺くんも三洲くんのこと大好きだったし、三洲くんも素直には言えないけど真行寺くんを大事に思ってたとおもうよ。なんだかんだ言っても、結局は相思相愛だったよ。」
「・・・・なんだかそういわれてもしっくりこないっす。だって・・・みすさん男だし・・・」
確かに綺麗な人だなとは思うけど・・・・
やっぱり男同士な訳で・・・祠堂でもいたけど、自分がとなると考えられない。

「ん・・・そうだね・・・僕もギイと恋人同士になるとは思ってなかったし。」
「あ・・・すんません・・・そういうつもりじゃ・・・」
そうだった・・・葉山サンの恋人はあのギイ先輩だった・・・・
「いいんだよ、気にしないで。」
困ったような笑みを浮かべる葉山サンにホントに失言だったなと反省する。

「三洲くんといるときの真行寺くんは、幸せそうだったよ・・・蹴られたり殴られたり冷たい言い方されたりとか
見てるこっちが可哀相になるくらいな扱いされてたけど、それでも真行寺くんは三洲くんの事を想い続けてた。
僕もよく感心していたよ。」

殴る蹴るってひどい扱いなんじゃ・・・・

「みすさんってそんなに凶暴なんですか?・・・そんなんでよく生徒会長なんか・・」
性格はきつそうな印象はあったけど、凶暴なイメージはなかった。」
「三洲君、普段はすごく生徒会長らしかったよ。真行寺君だけ特別。
普段柔和にしてる分、君にストレスをぶつけてるって君から聞いた事があるよ。」

「おれ・・・サウンドバックだったんすね。」

聞けば聞くほど、不思議で仕方ない。
どう考えても『恋人』と言うよりは『奴隷』だったんじゃ・・・
それでも、俺はみすさんといると幸せそうだったという。

消えてしまった想い。
それは俺にとって、とても大切な物だったはずなのに、今の俺にはさっぱり感じることは出来ない。
大事な物なのに、なぜ消えてしまったんだろう・・・・
なぜ思い出せないんだろう・・・
聞かされる話はまるで他人事のようだ。

「とにかく、焦っていろいろ考えても気持ちばっかり先走って、余計に混乱しちゃうんだ。
きっと、きっかけがあればすぐに思い出すと思うよ。無理はしないでね。」
「はあ・・・」
「それじゃ、僕そろそろ帰るよ。明日は来れないんだけど明後日は三洲君と一緒に来るね。」
「あ、わざわざすんません・・・葉山サン。」
葉山サンは椅子から立ち上がってショルダーバックを手に持った。
「思い出すことも大切だけど、身体ゆっくり休めて早く動けるようにならないとね。」
そう笑って病室を出ていく。

そうだよな・・・まず、けが治さないといけないよな・・・
みすさんには悪いと思うけど、けがを治すことに専念しよう。
食べるもの食べて、しっかり休んで、リハビリして・・・
元に戻るまで2ヶ月以上かかると言われた。
きっと、その頃には思い出すことが出来るだろう。
夕食までそんなに時間はないけれど、一眠りしようと目を閉じた・・・






病院から駅へと続く道。
夕焼けに照らされながら一人歩く。
もう少し行けば大きな通りにでて、車や人の行き来は多くなるけど
それまでの道は詞堂のあった町と風景がにていた。
ずっと、ニューヨークの町並みを見慣れていたせいだろうか・・・
夕焼けでオレンジに染まった町を、ギイと二人で歩いた日々がもう遙か遠くの出来事のように思える。

章三や三洲や真行寺に久しぶりに会ったせいかすこし感傷的になってるのかもしれない。
焦ってもどうにもならないと頭で分かっていても、二人のことを考えると
早く真行寺の記憶が戻らないだろうかと考えてしまう。
記憶が戻るのに時間がかかればかかるだけ、三洲の心は傷つき、
記憶を戻した時の真行寺の後悔は大きくなるだろう。
僕は、たった3日・・・だけどその3日間は僕にとってとてつもなく長い時間に感じるのだ。
それが一時間だったとしてもギイへの思いを、ギイが僕くれた愛情を忘れてしまうなんて、一瞬でも僕は自分が許せない。

あれはいつだったろう・・・三洲の負担にはなりたくないのだと寂しい笑顔で答えた真行寺。
ああ、初夏だった・・・2年前の音楽鑑賞会。
すれ違ってしまった二人の気持ちがとても切ない出来事だった。
あの後から微妙に二人の間の空気が穏やかになったのを覚えている。
時々ハラハラさせられたけど、あの二人を見ているのはとても楽しかった。

・・・・ギイ・・・僕に出来ることはなんだろうか・・・
この苦しみから、どうやったらあの二人を救ってあげられるんだろう・・・


切なくて、僕はギイの優しい声が聞きたかった・・・



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さてさて・・・どうなってしまうのでしょう。
タクミが出来ることはなんでしょうね・・・・・