夏の忘れ物  第八話 −決意−


「・・・・・三洲くん・・・・?」

時計をみれば午前6時45分。
しっかりと取った睡眠のおかげで昨夜とはうってかわって体調は良い。
トイレへ行こうと三洲を起こさないように静かにドアを開ける。
そこで眼にしたのは・・・


・・・ぬいぐるみを抱いて眠る三洲の姿。


想像した事もなかったので、驚きに動きが止まる。
びっくりした・・・ぬいぐるみと三洲ってイメージ合わないな・・・


三洲の寝顔なんて慣れたものだけど・・・

疲れきった顔で眠る三洲。


少し腫れているまぶた。


プライドの高い三洲。
あんな所、誰にも見られたくなかったろうに・・・・

昨夜、のどが渇いて目が覚めた。
偶然に見てしまったんだ、少し開いた引き戸の隙間から震える三洲の背中を。
何度も真行寺の名前を呼んで、必死に泣き声を押さえていた。
苦しそうに、声は小さいのだけれどまるで叫んでいるよう。

どうして良いか判らなかった。
声をかけてしまえば、三洲のプライドを傷つける。
今は、好きなだけ泣かせてあげるのが一番なんだろうか・・・
何かしてあげたいのに・・・見ていることしかできない。

微かに聞こえた泣き声が思い出されて、僕は三洲の寝顔をただ見つめていた。



それから一週間がたった。
三洲は真行寺が目を覚ましたあの日以来病院に顔を出していない。
真行寺は自分ではまだ起きあがることは出来ないけれど、だいぶ楽に話せるようになった。
食事も重たい物を食べれるようになったらしい。
三洲のことは相変わらず思い出さないまま。

三洲は一人になるとぼんやりしていることが多くなった。
僕や、章三と話す時は今までとは変わらないのに。
日に日に壊れていくようで、一人にしておけなくて・・・
僕はずっと、三洲の部屋に泊まるようになっていた。



部屋の明かりを消して、ソファーに横になったまま僕はずっと考え込んでいた。
心を決めて、ソファーから起きあがる。
逆効果になってしまうかもしれないけど・・・

「三洲君。まだ起きてる?」
「・・・なに?どうかした?」
ベットへ目を向けると、三洲は全然眠っていたそぶりも見せずに答えた。
「僕もそっちで寝ていい?」
三洲はおこそうとしていた体を途中で止めた。
「別にかまわないけど。葉山から誘われるとは思わなかったな。意外と大胆なんだ。」

「違うってば。」

力一杯否定してベットへと潜り込む。
「なに?いい加減独り寝が寂しくなった?」
悪戯っぽく訪ねる三洲。こういう所は全然変わらないのに。
「それも全くないって訳じゃないけどね。ちゃんと話がしたかったんだ。」

僕なんかより、三洲の方がずっと心細いんじゃないのか?

「話し?」
不思議そうな顔をする三洲。
「・・・三洲君。どうしてお見舞い行かないの?」
「直球だな。葉山。」
「僕には難しい言い回しは出来ないからね。でどうして?」
「そんな怖い顔するなよ。」
「だって気合い入れてないと三洲くんに誤魔化されそうなんだもん。」
「・・・・・」
三洲は深くため息をついて目を閉じた。

「俺が行っても・・・どうにもならない。」

「そんなこと無いよ。真行寺君にはきっかけが必要なんだよ?三洲君が真行寺君に会わないままだったらきっかけなんて作れないじゃないか。」
「葉山がいろいろ話して聞かせてるんだろう?それで思いださないんなら・・・無理矢理思い出させなくてもいい。」
「なんだよ、それ。」
「どうせいつかは離れなきゃいけない時が来るんだ。それが今でもかわりはない。
俺のことを忘れたんなら好都合だ。そのまま忘れさせてやれよ。」
「三洲君・・・・」

今でもときどき分からなくなる。
嘘と本音の混ざり合う三洲の言葉。平然と嘘を言える三洲。

「その方が・・・あいつにとっては幸せだよ。」

本当にそれでいいのかい?

「それじゃ、三洲君の気持ちはどうなるんだよ。」
「もともと、卒業までの関係だったんだ。情にほだされてずるずると来たけどね。」

「うそつき。」

三洲はわずかに眉を上げた。
「三洲くん、あんなに真行寺に執着してたじゃないか。1年だけど、僕はずっと二人のことを間近で見てたんだ!僕にそんな嘘で誤魔化そうとしっ・・っ!?」
いきなり三洲にベットに押さえつけられて言葉が詰まる。
はらりと落ちた前髪の隙間から鋭くにらみつけられた。
僕も負けじとにらみ返す。

「葉山が睨んでもちっとも怖くないよ。逆に滅茶苦茶にしてやりたくなる。このまま犯してやろうか?」
「そんな脅し・・・っ!!」
言い終わる前に、いきなり唇をふさがれた。
かみつくよう乱暴なキス。

必死に体を動かして逃れようとする。
三洲に捕まれた腕はぴくりとも動かない。
僕は脚を動かして三洲の膝をぐいと外に押しやった。
バランスを崩して一瞬腕の力がゆるんだ。
力任せに腕を振り払って三洲を殴りつけた。

「っっっ!!」
勢いで三洲が後ろへ吹っ飛ぶ。
本気で人を殴ったのなんて初めてだった。
震える腕を胸元で押さえつける。

「俺よりもお前の方がよくわかってるはずだよ。いつまでも崎と一緒にはいれない。性別の壁を越えて二人で歩いて行くにはあいつのバックグランドは大きすぎる。」
凄みのある声。
「判ってるよ!僕もギイも・・・お互い口には出さないけど・・・でも、僕たちは最後まで、ぎりぎりまで一緒に歩いて行きたいんだ!」

「・・・・・今離れればあいつは苦しまなくてすむ・・・・・」

「どうして苦しまないって言えるんだよ・・・折角記憶が戻っても、三洲は自分の側にいなくて・・・だれが悪いわけでもないのに、真行寺は自分を責め続けてその先を生きていくんだ。一瞬でも・・・忘れてしまった自分を・・・責めながら・・・・」

すべてを忘れて、ギイを怖がっていた僕。
それでも彼は僕の側にいてくれようとした・・・・・
それなのに・・・・三洲は・・・・
涙で視界がぼやけた。

「随分真行寺の肩を持つんだな・・・・あいつがそんなに心配か?」
鼻で笑って吐き捨てる。

「二人が心配なんだよ!!三洲だって傷を癒せないまま過ごしていくことになるんだよ?二人とも傷を抱えたまま・・・道は分かれてしまっても、10年、20年後、思い出した時に・・・二人で過ごした時間は幸せだったって思える別れの方が全然いいじゃないか・・・・・こんな時くらい素直になったって良いじゃないか。つまらない意地はるなよ。」

死ぬ間際になっても・・・思い出すならギイがくれた、僕を包むぬくもりと、優しい笑顔がいい・・・ギイが思い出してくれるのも・・・僕の笑顔だったら良いと思う。

三洲は黙って俯いたままだった・・・・・


「・・・俺はもう・・・見つけてしまったんだ・・・」


弱々しく呟く。
うっかり聞き逃してしまうくらいの小さな声。

「あいつの腕の中に・・・・・安らげる場所を見つけてしまったんだ・・・・でも・・・今のあいつは・・・・俺を見ていない・・・・・・・」

「・・・三洲くん・・・・・」

「あんな真行寺を・・・俺は知らない・・・俺に向けられていたすべてが今のあいつにはない・・・拒絶されたらどうする?あいつの顔で、声で、迷惑だと拒絶されたら俺はきっと立ち直れない。」

震える声。
いつもの三洲からは想像も出来ない。

「それなら・・・俺が・・・あいつを見放してやる・・・・・」

「大丈夫だよ・・・・」
僕は力無くうなだれている三洲に近寄りそっと抱きしめた。
「怖いんだ・・・・」
「真行寺はきっと思い出すよ・・・三洲くんが信じてあげなくてどうするんだよ・・・・」
「・・・・葉山・・・・・・・」
「ね、三洲くんが失いたくないと想うなら、取り戻そうよ。時間がかかってしまっても後悔しないように・・・・」

必死にしがみつきながら泣きじゃくる三洲を、僕はずっと抱きしめていた。
泣き声は相変わらず切なかったけれど、この間みたいに重苦しいものではなかった・・・・
                                                                        NEXT→

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
いろんな意味でタクミくん大胆(笑)