夏の忘れ物  第十四話 −覚悟−



「お、真行寺発見!」
次の講義のために移動していた俺はすれ違いざま相澤に掴まった。
「なんだよ。今急いでるんだから・・・」
移動時間は結構ギリギリで、遅刻にはうるさくない講師だけど出来るなら遅刻したくない。
「あのさ、24日空けておいてくれよ。」
「24日?また合コンに付き合わせる気か?」
しかも24日ってクリスマスイブじゃんか。
いかにも余り者同士でって感じが・・・・
「頼むよ〜前とほぼ同じメンバーなんだけどさぁ。人数たんないと悪いだろ?」
三洲さんもバイトだとか行ってたし、特に予定はないけど・・・なんかなぁ・・・・

「あ、ほら。若菜ちゃんも来るぜ?結構いい雰囲気だったじゃん。電話あったんだろ?」

「は?電話??」

若菜ちゃんとはあの日きり。電話も何もない。第一教えてないし・・・
「この間美紀ちゃんから電話で聞かれてさ、お前の携帯教えといたんだ。」
「何勝手に教えてんだよ・・・・」
俺はため息をついた。
「電話きてないの?てっきりしてると思ったのになぁ。いい雰囲気だったんだからさ、24日に勝負かけろよ。
ぜってぇ〜若菜ちゃんお前に気があるって。」

「あのな、相澤・・・俺は別に・・・」
「頼むよぉ〜真行寺〜みんなノリノリなんだからさ〜な?」
「いや・・・『な?』っていわれても・・・」
「Bランチ4食分!!」

「・・・・・」

「じゃ、OKって事で。24日の5時に新宿のアルタ前な〜頼むぞ〜」
「ちょっと待てよ!相澤!」
相澤はさっさと廊下の向こうへ姿を消してしまった。
あの強引さは何なんだろうな・・・ホント・・・・

明確に行くと返事した訳じゃないから、行かなくても良いけど。
・・・・でもなぁ・・・・行かないとあとで何いわれるか・・・
はぁ・・・・
大きく、深く、ため息をついた。

クリスマス・・・か。去年はどうしてたっけ。

・・・・・・・

・・・・・・・・・・

思い出せないって事は、三洲さんが関係してるな。うん。

そりゃぁ、恋人同士ならクリスマスは一緒だろう。

・・・・・・・はぁ・・・・・

再び出るため息。
実は・・・最近三洲さんとの間がギクシャクしている。
と言うのも俺のせいなんだけどね。

この間の飲み会の帰り、もう少しで何かを思い出しそうになった。
何かって言うのはもちろん、三洲さんに関することだけど。
どうしても気になって、三須さんに直接確かめたくて・・・
そうすればきっと、それがきっかけで思い出すかもしれない。
そう思った。

駅から大急ぎで家へ帰ると、三洲さんはリビングのソファーで眠っていた。
と言うより、倒れ込んでいたという方が正しいかも。
「三洲さん!?」
そんな姿初めて見たから、どうかしたのかとびっくりして駆け寄った。
「三洲さん?」
「・・・ん・・・・・」
声をかけると小さく身じろぎをした。
よかった。寝てるだけだ・・・・
「三洲さん、こんな所で寝てたらダメっすよ。」
肩に手をかけて軽く揺する。
「風邪ひくっすよ?暖房もつけないで・・・・・う。」

めちゃくちゃ酒臭い・・・・・・

もしかしたら家庭教師行ってる家で飲まされたのかな?
そこの親父さんがすごく強い人で、それに付き合わされて以前ふらふらで帰ってきたっけ。
何とか帰ってきたものの、帰り着いたとたんにバタン。
ってところだろうか。
三洲さんも弱いわけではないけど・・・・
「ほら、三洲さん。」
寝室へと運ぼうと、抱き起こす。
「・・・ん・・・しん・・・ぎょう・・じ?」
「そうっすよ。」

酔いと、寝ぼけと、ごちゃ混ぜな感じでぼうっとした三洲さんの声。
いつもキリッとしてる三洲さんとは全然違って新鮮だ。
「三洲さん、運ぶからちゃんと腕回して。」
俺がそう言うと、三洲さんの腕に力がこもる。
思ったよりも強くて、俺は三洲さんに抱き寄せられる格好でソファーに倒れ込んだ。

「三洲さ・・・」
「・・・真行・・・寺。」

耳元で聞こえた熱っぽい三洲さんの声。
それは普段聞いていたものとは、全然別で・・・・・

・・・ゾクリと、何かが俺の中を駆け抜けていった。
ぎゅっと一瞬三洲さんが強く俺を抱きしめた。

咄嗟に三洲さんから離れるのと、三洲さんの力が抜けてパタリと腕が落ちるのは
ほぼ同じタイミングだった。

再び眠りへと落ちていく三洲さんを見つめながら、俺は愕然とした。

男同士ということに、偏見とか気持ち悪いって言うのは無いと思っていた。
身近にそういうカップルもいたし、免疫が無いわけではないから・・・

でも・・・・・・

この数ヶ月、同じベットで寝起きしても平気だったのに
俺は今、初めて三洲さんを拒絶した・・・・・・・・

熱っぽい声の裏に、どんな感情が潜んでいるのかを感じ取って・・・
その感情を拒絶してしまった・・・・

それから、三洲さんとの間に少しだけ距離を作ってしまうようになってしまった。
どうしたらいいのか、俺には全く判らなかった。




「ん、全部出来てるね。休憩にしようか。」
俺はのぞき込んでいたテキストから目を離した。

「はーよかったぁ。三洲さんスパルタなんだもん。間違ったら書き取り何回させられてたか・・」

ばふっと、机の上に突っ伏して、家庭教師のバイト先の教え子である佐藤洋二が呟いた。「スパルタって程ではないと思うけどね。」
「いや。スパルタですよ。こんなに苦労して詞堂入っても、男ばかりの寮生活だもんな。はぁ〜入りたいけどそれ考えるとブルーですよ。」

彼の志望校は俺の母校である詞堂学院。父親も詞堂の卒業生らしく息子も詞堂に通わせると生まれた時から考えていたらしい。
本人の意思は、まるきり無視なわけだが・・・

息子の家庭教師に近くで誰か卒業生はいないかと大学の後輩だった島田先生に聞いたところ
丁度近くだった俺に白羽の矢がたったと言うことだ。
成績も優秀だったし、何より生徒会長という役職が父親の関心を引いたらしい。
夕飯などに誘われては、詞堂での思い出話を懐かしそうに話してくれる。


「俺、団体生活は平気だと思うんですけどね・・・3年も寮生活かぁ・・・」
がくっとうなだれてため息。
「寮生活も慣れればそれで楽しいもんだよ。」
「でも男ばっかりなんですよね・・・・」
「それはまぁ、男子校だから。」

男子校の寮に女の子がいたら大変だ。

「しかも携帯電話の持ち込み禁止なんですよね・・・う〜心配だ〜」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。一応寮にも電話はあるわけだし。」

孤島に隔離されるわけでもなし、なにもそこまで心配しなくても良いのに。

「違います。俺が心配なのは俺が寮入ってる間の彼女のことです。」
「へぇ。彼女いるんだ。年下?」
「同い年ですよ。男子校ってホモが一杯いるんでしょ?大丈夫なの?って言われました・・・」
「女の子はみんな言うみたいだね」
「やっぱり多いんですか?」

「さぁ、どうだったかなぁ。」

おれは意地悪く微笑んでみた。
「うわ。やっぱりいるんだ〜あ、でも三洲さんみたいに綺麗な人だったらモテモテだったんじゃ。
 確かに男だらけじゃ夢も見たくなりますよね。」

ころころ変わる表情が、なんだか真行寺のようで面白い。

「まぁ洋二君なら大丈夫だよ。」
「それってどういう意味ですか?もてそうにないって事?」
ふてくされ気味に洋二がつぶやいた。
「違うよ。君、彼女持ちだろう?わざわざ男に走る事はないだろう。」
「なぁんだ。そう言うことか。」
「そう言うこと。」

クスリと笑う。
「でもなぁ、クリスマスくらいは一緒にいたかったなぁ・・・」
「受験生にクリスマスも正月もないよ。」

受験日まで残り少ない時期。

特に詞堂の入試日は早い。

もともと勉強は出来るので、そこまで気合いを入れなくても大丈夫だとは思うが
どこかの御曹司のおかげで、祠堂の倍率は高いままだ。
崎が卒業しても、その置きみやげのおかげでかなりの競争率。
念には念を・・・と言うところ。

「わかってはいるんですけどね・・・折角のクリスマスイブも家庭教師なんて三洲さんもついてないですよね・・・
今なら間に合うから、親父にいっときましょうか?」

「どうせヒマだから良いよ。合格して貰わないと、俺の面目がね。君はまず自分の心配。」


最近、真行寺の様子が少し変わった。
俺との間に微妙な距離を置いているような感じがする。
相変わらず人なつっこい笑顔はそのままだが、わずかな間が出来るようになった。
それはまるで、警戒されているかのようで・・・・
クリスマスも飲み会にかり出されたとか言っていたし。
そろそろ覚悟を決めた方がいいのかもしれないな・・・・・

去年のクリスマスは退寮日に荷物を持ったまま家に転がり込んできたっけ。
どこも混んでいるからと、近所のファミレスで夕飯を済ませて・・・
あれから1年たとうとしている・・・たった1年。
それなのになんと遠い日の出来事だろうか・・・・

あの日の真行寺の言葉も、笑顔も、息づかいも、肌の熱さも・・・・
すべて覚えているのに・・・
もしかしたら取り戻せる可能性は、無くなってしまったかもしれない・・・・





時刻は5時5分前。街のあちこちからクリスマスソングが流れてくる。
行き交う人並みを、壁により掛かってぼうっと眺める。
「5時って言ったよなぁ・・・」
待ち合わせで賑わうアルタ前。
次々に合流しては街へと消えていく集団。

まぁ、まだ時間前だけど・・・一人くらいは来てても良さそうなのにな。

特に男どもは張り切ってるだろうし・・・
「こんばんわ、真行寺君。」
「あ、若菜ちゃん。」
ぼんやりとしている所へ、横から声をかけられた。
にこりと微笑む若菜ちゃん。
うーん。可愛いなぁ・・・・
「みんなまだ来てないの?」
きょろきょろとあたりを見回す。
「うん。まだ来てないよ。」
「あれ、そうなんだ。もう5時になるのにね。」
俺の隣に・・・同じように彼女は壁にもたれた。

こういう時って何話せば良いんだろうな・・・
あまり女の子と話したこと無いから勝手が分からない。人並みに女の子は好きだと思うんだけど・・・
全寮制の男子校なんかに3年もいたからだろうか。
適当なことを話している間に時計は5時半になってしまった。
俺は相澤の携帯に電話をかけてみることにした。

「おー真行寺。」
がやがやと賑やかな声が後ろから聞こえてくる。
「おーじゃねぇよ。今何処いんだよ。待ち合わせ5時にアルタだろ?」
「今?居酒屋〜」
のんきな声。
「・・・はぁ!?」
何で!?
「若菜ちゃん来てるんだろ?」
「・・・いるけど・・・」
俺はちらっと、隣で俺を見上げている若菜ちゃんを見た。

「美紀ちゃんと話してさ〜二人のクリスマスデートをセッティングしたんだよ〜」

「はぁああああ???」

「もしもし?真行寺君?こんばんわ〜美紀で〜す♪」
突然電話越しの声がテンションの高めな声に変わった。
「あの、美紀ちゃん?これどういう・・・」
「ね、ちょっと若菜に変わって〜」
「いやだから・・・」
「まぁまぁ。とにかく若菜に変わってよ♪」
「・・・・はい。」

俺は何を言っても無駄かもと諦めて、携帯を若菜ちゃんに渡した。
え?と若菜ちゃんは不思議そうな顔をして携帯を受け取った。
「もしもし・・・・?あ、美紀?・・・・うん・・・・ええ!?」
慌て始める若菜ちゃん。
「ちょっと美紀?どうしてそういう・・・あ、美紀!?・・・切れちゃった・・・」
困り果てた顔で若菜ちゃんが俺を見上げた。
俺も今すごく困った顔してるんだろうなぁ・・・・
二人で途方に暮れながら、人の賑わう通りを眺めていた。

「あのさ」「・・・あのっ」

二人同時に口を開いた。
お互いの顔を見合わせてぷっと吹き出す。
漫画か何かのお約束だよな、これって。
「いいよ、先言って。」
「うん・・・あの・・・ごめんね・・・美紀が勝手なことしちゃって・・・」

顔を真っ赤にしてうつむく彼女に笑いかける。
「気にしなくて良いよ。俺の方も相澤の馬鹿が勝手に・・・だからね。とりあえずここ動こうか。
何処も混んでるだろうけど、ご飯くらいは食べようよ。」

「うん。」
うれしそうに頷く彼女を、本気で可愛いと思った。
本人から聞いたわけではないけど、どうやら彼女は俺に好意を持ってくれてるみたいで・・・
俺も彼女は可愛いなと思う。
男だったらこんな状況、逃す手はないよな・・・
でも・・・それで良いんだろうか・・・・・




時間はまだ早いけど、混み始める前にと感じの良さそうな店を見つけて入った。
たわいない会話を楽しみながら食事して、気ままに寄り道しながら帰路につく。
実は家が同じ駅だというので、家まで送ることにした。
女の子一人を帰らせるのも心配だったから。

いつも使う出口とは逆の駅口へ出る。
商店街を抜けて住宅街へと彼女の歩調に会わせて歩いた。

「あのね・・・真行寺くん。」
会話の合間の一息の沈黙の後、若菜ちゃんが口を開いた。

「また・・・今日みたいに一緒に遊びに行ってくれるかな?」

「え?」

「私・・・真行寺くんの事・・好きなんだ・・・」

「・・・・」
咄嗟に出る言葉が見つからなかった。
美紀ちゃんから聞かされていたから、意外だったわけじゃないけど・・・
「2年の時のインターハイで初めて見たときから・・・ずっと・・・好きだったの。」

若菜ちゃんのことは・・・好きだと思う。
結構趣味も合うみたいだし、同じ剣道やってたのもあるし、それに可愛いし。
好きだと言われて素直に嬉しいと思える。

「・・・ありがとう。」

だがらそう答えた。

「あ・・・」

反射的に顔を上げた若菜ちゃんと目があった。
でもすぐに恥ずかしそうに俯いてしまった。

いい娘だよな・・・・
「嬉しいんだけど・・・返事はもうちょっと待ってもらえるかな。
 俺・・・いま考えなきゃいけないことあってさ。中途半端にしたくないから・・・ごめんな。」

三洲さんの感情を一度拒絶してしまった。
恋愛の対象として三洲さんのことはもう見れないだろう。
だからってここで勝手に「付き合おう」とは言えなかった。

きちんと三洲さんと話し合って、けじめを付けなければいけない。
じゃないと、三洲さんにも若菜ちゃんにも失礼だ。

「ううん・・・私こそ突然でごめんね・・・」
「謝らなくていいよ。悪いの俺だから。ほんとごめ・・・・」

そう言いかけて言葉が止まった。

頼りない外灯の明かり。
その中を向かいから歩いてくる人影。

それは俺がとてもよく見知った人だったから・・・・・


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